アンキアライン

ルイジ・ノーノの音楽(主として後期作品)について

断ち切られない歌 後篇の中 7/14

ヴェネツィア的シンメトリー

楽譜をひらいた者の眼にはシンメトリーへの並々ならぬこだわりだと映るものに関して、ノーノ自身が具体的に言及した機会は少ない。作品全体が前後半で鏡面対称をなすIncontri (1955) について、このいかにも図式的な様式を用いたのは、フランドルの音楽だけでなく絵画にも広く認められる遡行的なretrograda構成に大きな関心があったからだと語った  *1 ことがあるくらいである。この発言だけを拠り所にノーノのシンメトリーはフランドルの相続品だと決めつけるのは性急にすぎるだろう。ノーノが作る音楽のルーツをノーノが生まれ育ったヴェネツィアに求める試みは夙に行われてきた。ではノーノの譜面の至る処に出没するシンメトリーもヴェネツィアにまつわるなにがしかの要素で説明がつけられるだろうか。

 

ヴェネツィア人が海に生きる民であることの証だと自他ともに認めるかの名高い「海との結婚」の祭礼について、カール・シュミットが『陸と海と』で聞き捨てならない異論を唱えている。

かれら(ヴァイキングや本当の「海の泡の子」たち)は海との婚約とか結婚とかいった儀式を思いつきはしなかった。それはまさしくかれらが本当の海の子であったからである。かれらは自分たちが海のエレメントと一体であると感じていた。これに反してあの象徴的な婚約とか結婚とかは、捧げる者と捧げられる神とが異なった存在、それどころか相反する存在であるということを前提としている。このような供儀によってかれらは自分のものでないこの海のエレメントを静めようとする。ヴェネチアの場合その儀式は、象徴的なこの行為の意味がエレメントとしての海の存在から獲得されたのではないことを明瞭に示しているのだ。 *2

ヴェネツィアっ子のプライドをいたく刺激しそうなこの論は、しかし一理ある言い分だと思う。シュミットが本物の海の子と認めた鯨捕りの目からみれば、「商船は橋の延長だし、軍艦は浮いた城塞にすぎず、海賊船や掠奪船が路の追いはぎみたいに海を荒らしまわるといっても、つまりは他の船、自分たちと同じ陸の断片を襲うだけのことで、底知らぬ海洋そのものの中から生活の糧を求めるのではない」 *3 、そしてヴェネツィア人といえども、せいぜい陸の人間の変わり種の域を出ないのではないだろうか。かの結婚の儀式に象徴されるヴェネツィア人と海の関係性は一体化ではなく、近づきはしてもゼロになることはない距離を介した、わたしとあなたの対面関係なのである。その解消し得ない彼我の隔たりのうちに、十字に交差する二重の左右対称形が宿る。見つめ合う花嫁と花婿の対面の構図が織りなす左右対称と、花婿たるIl mareに眼差しを向ける花嫁の正面向きの肖像がかたちづくる左右対称と。

 

Prometeoの公演に指揮者として加わったこともある杉山洋一は、カナル・グランデをゆく船から水際に立ち並ぶ家々を眺めて、まるでPrometeoの楽譜みたいだと感じたという。

 ヴェニスに立ち寄り「大運河」を水上バスで下った。

 川岸に犇めき合う建築物を眺めていると、目の前に拡がる風景が恰もプロメテオの楽譜に瓜二つである事に気がつく。

 各建築物は殆どが対称型を成し、青、赤、緑と色鮮やかに塗り分けられるのを、自分は河の流れに沿って眺めてゆく。ノーノの楽譜で言えば、張り付けられた色鮮やかな断片の前にたゆたう時間の流れに喩えたい。

 「大運河」から派生する無数の運河に沿って、奥深くやはり無数の対称型の建築物がぎっしりと詰まっているのも垣間見られ、ゆらゆらと汽船が舫っている。

 単純な構造が犇めき合って作者を凌駕する流れに翻弄されつつ、気がつくと、まるで覚えの無き風景に自分が置かれているのである。*4

ノーノの譜面に現れる対称形と瓜二つである、運河(水)の側からみたヴェネツィア建築の対称形は、ひとことで言えば「向きの問題」である。世界でも極めて稀なことに、ヴェネツィアの家々は水の側にファサード(正面)を向けて立っている。

世界にはブリュージュアムステルダムレニングラード、そして中国の蘇州、江戸・東京の下町など「水の都」と呼ばれる都市が各地にある。しかし、ほとんどの場合、建物の背後が水に面し、そこにも入口をとるという形を示している。あるいは比較的新しいアムステルダムのように、運河沿いに岸辺の道をとって、それに沿ってファサードを並べるのである。水の中から建物の正面がそのまま立ち上がり、メインの玄関を運河の側に設けるという都市はヴェネツィアをおいて他にない。 *5

 

ヴェネツィアの家は船の形をしている。ヴェネツィア独特の、住宅内部の三列構成。水側と陸側を結ぶ通り広間sara passanteが家の中央に竜骨のように延び、その中央軸の左右両側に肋材のように居室が連なる。この内部構造がしばしば外観にもそのまま反映され、通り広間に対応する中央部が連続アーチの広々とした開口部で強調される一方、居室に対応する両側では壁面を多くとり、弱―強―弱のリズムを具えた明快な左右対称のファサードを水側に向けた家のつくりになる。 *6

 

ヴェネツィア建築の著しい特色である竜骨=中央の軸線はいかなる経緯で生じたのだろうか。古い時代に建てられたヴェネツィアの家には軸線をもたないものがある。13世紀前半建造のトルコ人商館の場合、「各部屋は運河に面して一列に並び、奥へ伸びる中央軸をもっていない」。トルコ人商館における中央軸の欠如は、「都市化のあまり進んでいない区域に登場したため、もっぱら<水>と結びついたこのような構成が可能だった」 *7 ためだと陣内秀信は説いている。裏返せばくだんの軸の存在は、その家に住むヴェネツィア人が「もっぱら水と結びついた」とは言えないような生を営んでいること、シュミットが看破したとおり、純粋な海の人間にはなりきっていないことのしるしなのだ。陸の道路網が未発達で移動手段をほぼ船に頼っていた初期の頃には、日常生活を営むうえでも、はるばる海を渉って運んできた貿易の品々を直接搬入するためにも、家の水側に正面玄関を据えるのが好都合で、「<水>の側こそ地区にとっての正面であるという意識が強く働いていた」。 *8 その一方で、

ラグーナの島の上に分散的な居住核(教区に対応)を築いていた古くからの中心部では、それを母体として、各<島>がそれぞれ<求心的な構造>をもつことになった。中心に、教会堂のある<カンポ>と呼ばれる広場があり、そこから周辺へ水際まで伸びる<道路網>によって島のすみずみまで組織された。住民の生活も、このカンポを中心に地区としての積極的なまとまりをもち始めた。各地区の形成において、従来の、とくに上層市民に見られたような水に向けて館を構えようとする<向水性>に加え、島の内側のコミュニティの核を中心にまとまろうとする<求心性>の原理が働くようになったのである。こうして集合性の強い住環境がそれぞれの島に形成された。そしてこの過程で、<水辺>の空間(運河)に対する<陸>の都市空間(広場、道)の重要性が次第に大きくなっていったと考えられる。 *9

水に引き寄せられる性向と陸に引き寄せられる性向を併せ持つヴェネツィア人のこうした両義的な生きざまが住み家に投影されたのが、家の水側―陸側をつなぐ軸線であった。

<水>と<陸>の両方に顔を向けるための建築的解決が、この町の住宅に課せられた最大の課題だった。この<二極性>から生まれ出たのが、運河に垂直な中央軸をもつヴェネツィア特有の<三列構成>の住宅なのである。 *10

 

中央軸を強調する建築様式は、ヴェネツィアの貿易相手であったイスラムの建築をひとつのモデルとしたのではないかと推察されている。 *11 イスラム建築においてこの様式は特に宗教建築に顕著に表れた。軸によって聖地メッカの方角を指すという大切な役割を担うためである。軸線がなにかを指向する矢印として機能するためには、軸を挟んで左側と右側の構造が対称に構成されていることが肝要だ。背骨のある魚や人であれ、竜骨のある船であれ、軸の左右が歪んでいると、軸線が指す方向にまっすぐ進むことは覚束なくなる。逆に左右対称の形を作りさえすれば、その中央から前後方向に伸びる動線が、たとえ可視化されていなくとも自ずと意識されるようになる。左右対称は進みゆくものの形である。そして進むという身振りは、対象とのあいだに距離があるからこそ可能になる身振りである。もしも人と海を隔てる距離が解消され一体化を遂げたら――距離に住まう者たちはみな消えてなくなる、軸線も左右対称の形も、その両方を具えたCaminantesも。

 

一つの軸線に付け得る矢印の向き、つまり進むべき方向は二通りある。運河に垂直な中央軸に沿って陸から水へと近づくにせよ、水から陸へと離れるにせよ、共通して言えるのは、水を基準として生きる姿勢が定位されているということである。イスラムの宗教建築はメッカに正面を向けるが、古いヨーロッパの教会は東西に軸線を取り、恐らくは聖地エルサレムの方向を意識して東側に後陣を、西側に正面入口を向けることが多かった。ヴェネツィアの教会ももともとはこの定石に則って建てられていた。したがって、ノーノの生家と仕事場兼住居のあいだを流れるジュデッカ運河のように東西に流れる運河では、教会は水に対し揃って横を向いていた。水に対して向きが揃っているといっても、それはあくまで運河がたまたま東西に流れていたという偶然によるものである。要するに、教会ははじめ水と無関係に向きが定められていたのだった。そのジュデッカ運河でも、16世紀以降はイル・レデントーレ教会に代表されるような水に正面を向けた教会が続々と建てられるようになった。 *12 時代が下るにつれて、教会までもがヴェネツィア固有の水の引力を受けるようになっていったのである。

*1:Un'autobiografia dell'autore raccontata da Enzo Restagno (1987), p. 30.

*2:カール・シュミット『陸と海と』、生松敬三・前野光弘訳、福村出版

*3:メルヴィル『白鯨』14章 ナンタケット、阿部知二

*4:杉山洋一「海外ニュース イタリア」、季刊『エクスムジカ』第5号、ミュージックスケイプ、191頁

*5:陣内秀信ヴェネツィア:都市のコンテクストを読む』、鹿島出版会、32頁

*6:陣内秀信ヴェネツィア:都市のコンテクストを読む』、鹿島出版会・『水都ヴェネツィア その持続的発展の歴史』、法政大学出版局

*7:ヴェネツィア:都市のコンテクストを読む』、100~101頁

*8:同上、41頁

*9:同上、51~52頁

*10:同上、98頁

*11:同上、132~137頁

*12:『水都ヴェネツィア その持続的発展の歴史』、147~168頁

断ち切られない歌 後篇の中 8/14

ヴェネツィア的シンメトリー(承前)

「絵画は時間を真向いから見、浴びるための、唯一の形式である」 *1中西夏之は言う。身贔屓のようにも聞こえるが、文学・音楽・美術の芸術三分野を比べてみればたしかにそのとおりかもしれない。

 

奏者が客からみて正面の舞台に陣取って云々という、かつてノーノを辟易させた悪しき正面性が今なお蔓延っている現状にも拘わらず、私は音楽の時間がいつも横向きに流れているかのような印象を拭うことができない。理由のひとつは楽譜の正書法だ。西欧式の楽譜はもっぱら左から右へと横方向に書かれ、読まれる。楽譜に起因する横向きバイアスはしかしこれだけではない。『パイプのけむり』の連載第505回目を迎えて原稿用紙の余白に何気なく505の数字を書いていた團伊玖磨は、そのうちにその数字が「口を開けて左方に飛翔している何物か」に見えてきた。そこから思いを巡らせて團伊玖磨はこう書いている、「特に手書きの場合のアルファベットと算用数字は、総べて左を向いている気がして仕方が無い」のに対し、「漢字は、その殆んどが正面をこちらに向けている感じがする。2と二、4と四、こうした簡単な例を挙げる迄も無い」。 *2 ここで指摘されているアルファベット・算用数字と漢字の向きの違いは、対称=正面向き、非対称=横向きの単純な法則で説明がつく。アラビア数字と漢数字を例に比較してみると、(ほぼ)対称が0 1 8、非対称が2 3 4 5 6 7 9 10に対して、(ほぼ)対称が一 二 三 四 六 八 十、非対称が零 五 七 九といった具合である。

 

では團伊玖磨の本職である音楽を書き表す際につかわれる「字」はどうだろうか。全音符未満の音符、二分休符未満の休符がいずれも非対称形をしている。おかげで楽譜上で音価の短い音符がいくつも連なっている箇所はいかにも何か活発な小動物のようなものが視野をせかせかと横向きに駆け抜けていく光景に映る。持続音もしくは持続する沈黙で音楽の流れをいったん止めてやらないかぎり、音符も休符も正面を向いてはくれないのだ。

 

ノーノが多用するシンメトリーの意義については、断片相互間に非直線的な関係性を設けるための方途だという意見がある。直線的な時間発展を「杓子定規な考え方」 *3 として退けるノーノの日頃からの発言に沿った解釈であるが、疑問もないわけではない。断片を時間的あるいは空間的に関連づけたいのであれば、なにも杓子定規に毎度シンメトリーを持ち出さずとも、もっと柔軟なやり方がいくらでもありそうではないか。ノーノの音楽が具える他のさまざまな特性と同様に、ノーノのほとんど「杓子定規」なまでのシンメトリーへのこだわりにはヴェネツィア人の気風が息づいている。ヴェネツィアの住まいの作りが教える左右対称の目覚ましい効果は「向き」を変えること、つまり、普段は楽譜の上で横顔ばかり曝している音楽を正面に向き直らせることにある。まるでPrometeoの楽譜みたいだと杉山洋一を感じ入らせたカナル・グランデ沿いの家々のように、ノーノの音は譜面上で何度となく左右対称の船の形をとり、舳先を正面へ、目指すべき海へと向ける。ヴェネツィア的シンメトリーは、花嫁と花婿に喩えられるヴェネツィア人と海との関係性の形象であった。陸と水を結ぶ軸線に沿って築かれる対称形は、陸圏と水圏という二つの異質な世界の原初的な分割が維持されている限りにおいて存在を許されている。ヴェネツィアの水際に立ち並ぶ家々の左右対称性は、ヴェネツィア人にとって海が主客分離の前提のもとで隔てられつつも志向される「対象」であるという事実を形で示しているのである。

 

1984年のWerner Lindenとの対話の中でノーノはヴェネツィアの陸と海(水)を、前者がシンメトリック、後者がアシンメトリックという図式のもとに対比させていた。 

私の思考や認識、見ることにとって重要なのは非対称的なモメントです。ヴェネツィアにも若干の対称的なものがある。それらはルネッサンスのスタイルです。偉大な建築家、パラーディオ。彼はつねに陸上で建築を行いました。水の上で、人はまったく別のやり方で建てることになる。そこで問題となるのは自然の直感、思考です。 (……)ヴェネツィアのスタイルはまさに非対称的で、非周期的で、中心もなければまとまった単位もなく、常に動きのなかにあります。 *4

この見立ては果たして妥当だろうか。ひとくちに対称性と言っても種類はいろいろだが、パラーディオの名を挙げつつヴェネツィアの陸上建築の対称性を語っているノーノが念頭に置いているのは何よりも左右対称だろう。パラーディオはジュデッカ運河の岸辺に、水に向かってシンメトリックな、つまり左右対称のファサードを向けたレデントーレ教会、ジテッレ教会、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の三つの教会を築いた人である(サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会は既存建築の改修による)。いっぽうの海は本当にアシンメトリックか。ノーノにとって海はジョルダーノ・ブルーノの無限空間のモデルである。無限の宇宙がいかなるものであるかを説くのに、ブルーノは任意の点が中心であると同時に周縁でもある「無限の球」のイメージをたびたび用いている。 *5 無限の球、これはまさしく究極のシンメトリーである。

 

われわれヒトはBilateria(左右相称動物)の一員で、名のとおり左右対称のシンメトリックな体をしている。そんなわれらも元を辿ればほぼ球形の卵から発生してきた。卵は動物極―植物極の分化が成立していれば放射対称であり、未成立ならば球対称である。左右相称動物の発生は、極性のない球体の卵に前後軸、背腹軸、さらに左右軸の極性が形成され、それに応じて球対称もしくは放射対称から左右対称へ、さらに部分的な左右非対称へと対称性のレベルが大幅に減じていく過程である。同様に、ノーノが言う陸/海のシンメトリーの有無は実際には限りあるものと限りないもののポラリティ(極性)の有無と解するのが適当である。無限者における極性/方向性の不在――「つまり宇宙に存在する運動には、無限の宇宙から見るならば、上も、下も、あちらも、こちらも、区別ないのです。こういう区別は、そのなかにある有限の諸世界から見られたものであって、(ブルーノ)」。 *6 それに対して、「おお フレベヴリイに似た男達よ 方向づけられてあるということ それは よく考えてみるとき かくて あなた達の悲惨さのすべてであり 同時に あなた達の恩寵のすべてではないか とさえ思えます(岩成達也)」。 *7 ヴェネツィアのスタイルは非対称的だというノーノの言葉も言い直さなくてはいけない。『白鯨』第1章の、「溺れぬかぎり、できるだけ水に近づき迫りたい」と望む陸の人間のように、ヴェネツィア人は「海を目指す」。より一般的に言い換えれば、方向づけられていないものへと方向づけられている。書かれていた場所こそトレドの修道院の壁ながら内実はすこぶるヴェネツィア的なかの処世訓が教えるとおりである。

*

Caminantes 呼びかけ。

君は進みゆくものだ、すなわち、君には方向性がある。

no hay caminos 海についての記述。

海には道がない、すなわち、無限の似姿である海は君と違って方向づけられていない。

hay que caminar 宣言。

君には方向性があり、海には方向性がない、その懸隔を認めたうえで、それでも君は方向づけられてあるという君の存在の悲惨と恩寵にしたがって進まなくてはいけない。

*

そして海に船が浮かぶ。

*1:中西夏之『大括弧 緩やかにみつめるためにいつまでも佇む、装置』、筑摩書房、102頁

*2:團伊玖磨『も一つパイプのけむり』、朝日新聞社

*3:1987年11月27日の武満徹との対談の中でのノーノの発言。『歌の翼、言葉の杖 武満徹対談集(TBSブリタニカ)』所収

*4:Luigi Nono (2015). Äußerungen zu Venedig 1957-1990. In: Geiger, F. & Janke, A. (eds.) Venedig - Luigi Nono und die komponierte Stadt. Münster: Waxmann: 185-226, p. 206.

*5:岡本源太『ジョルダーノ・ブルーノの哲学』、79頁、月曜社

*6:ジョルダーノ・ブルーノ『無限、宇宙、および諸世界について(岩波文庫)』、清水純一訳、93頁

*7:岩成達也「渚について あるいは水際の教説」、『フレベヴリイのいる街(思潮社)』所収

断ち切られない歌 後篇の中 9/14

船に乗る人、乗らない人

世の中には二種類の人間がいる、海に船を浮かべる人間と、浮かべない人間と。

 

「意欲的すぎる意志が、あなたの邪魔になっている(あなたがあまりにも意志的な意志を持っていることが、あなたの邪魔になっている)」 *1 、弓術の阿波研造師範は弟子のオイゲン・ヘリゲルにそう教えを授けた。私には方向性があり、海(に喩えられるような世界)には方向性がない。ならば私を方向づけているもの全般が私と世界の合一を阻む障害であるに違いない、とするのは理にかなっているようにみえる。「進みゆくものよ、進むべき道はない、ならば進むべきではない」――かくして「移動を行うための意志」 *2  をそのまま形にした船(船の左右対称形は船が進みゆくものであることの証である)は廃船に逐いやられる。「おお愛の海よ、それを知るのは溺れるものだけで、その海上を船でゆく者ではない!」 *3 ――『特性のない男』のアガーテが兄ウルリヒの日記に見つけたこの格言は、「一切の我欲を捨ててしまう」 *4 こと、「知識も意欲も心の外に遠ざけ」 *5 ることという千年王国(別の状態)への入国条件から必然的に導かれたものである。

 

ジョルダーノ・ブルーノの信ずるところでは、彼の用語では「無限の宇宙」と言い換えられる世界(一なる無限の宇宙とその中に存在する有限の諸世界は別物であるゆえ)との合一には「意欲的すぎる意志」こそが必要不可欠である。英雄的狂気。ブルーノが意欲的すぎる意志に冠したその呼称を表題に採った著作の中では、ムージル千年王国ではタブー視されている「活溌に獲物をめがけて飛びかかる」 *6 狩猟のメタファー(「獣の足跡を追う猟師のように、一つの観察を追跡し、これを考究するというふつうの意味では考えなかった」 *7 )が一度ならず呼び出される。「自らの糧をある種の狩猟を通じて求める熱意」 *8 /「アクタイオンは、神的な知恵の狩猟と神的な美の把握を目指す知性を意味しています。 *9 (……)そして、この狩猟は、意志の働きによってなされます。彼が対象へと変身するのも、意志の活動によってなのです *10 」。同じ本の別の箇所では人間の意志がまさに船の形をとって現れている場面を見つけることもできる。「この将軍とは、人間の意志のことです。それは、魂の船首に座り、理性の小さな梶を手に、自然の猛々しい波に対して、内なる能力の情念を支配するのです」。 *11

 

阿波研造とジョルダーノ・ブルーノ。彼らが最終的に行き着こうとしている先はどちらも同じである。主客の別が消失し世界(または無限の宇宙)との合一が成就している、「われわれの存在が事物の、そして他の人びとの存在と溶け合う」 *12 ひとつの海のような状態。だがこの両陣営は、その同じ海にまったく正反対の向きからアプローチを図ろうとする――惑星上の北回りルートと南回りルートのように。そして片方の半球の洋上にだけ、船の航跡が刻み込まれる。

 

アクタイオンの神話をモデルとしてブルーノは、無限者との合一へと到る道筋を、神性=無限性を追い求める狩人が、逆に獲物に転じて仕留められる過程として描き出している。狩る者が狩られる者になるとはつまり、「いままで探していたものに自分が変身する」ということである。「彼は、すでに神性を自己の内へと縮限したので、自己の外に神性を探す必要はなくなった」。 *13 無限をどこかに追い求めていた自分自身が、当の無限の一要素であることを悟ったということ。この考え方自体は、「射る者と射られる者とがもともとは同一であることを想起すること(アナムネーシス)としての、自己自身を狙うこと」 *14 という弓術の思想に酷似している。違っているのはそのための具体的な方途だ。弓術の師匠はお前の意志が妨げになると言う。心からあらゆる雑念を振り払い、「知識も意欲も心の外に遠ざけ」からっぽの器のようになって、全き忘我のうちに世界の只中へと融け込んでいくこと、それが弓術における対象との一体化の術である。「狙うということがいけない。的のことも、中てることも、その他どんなことも考えてはならない。弓を引いて、矢が離れるまで待っていなさい。(……)私は的が次第にぼやけて見えるほど目を閉じる。すると的は私の方へ近づいて来るように思われる。そうしてそれは私と一体になる。(……)的が私と一体になるならば、それは私が仏陀と一体になることを意味する。(……)それゆえあなたは的を狙わずに自分自身を狙いなさい。するとあなたはあなた自身と仏陀と的とを同時に射中てます」。 *15 ブルーノは逆に、「対象へと変身」するためにはお前の意志が必須だと説く。無限そのものを仕留めようという、エイハブ率いるピークォド号にも似た狂おしい野望に燃える船が、進みゆく道のその果てで進みゆく道なき無限の大海に呑み込まれる最後の瞬間まで、意志の船影がブルーノの視界から消えることは決してない。

 

ムージルの『特性のない男』では船に乗る人と乗らない人をそれぞれアクティヴィスト(あるいは外的、食欲的、動物的、西洋的、ファウスト的)とニヒリスト(あるいは内的、非食欲的、観想的、植物的、東洋的)の名で呼んでいる。1925年のエッセイ『新しい美学への端緒』でこの二者を特徴づける感情の状態が「通常の状態」と「別の状態」の名のもとに比較対照されていたとき、両者の関係は非対称性の印象のほうが勝っていた。要するにかたや平凡かたや非凡という図式である。実際このエッセイの中でムージルは通常の状態を「中間的な」 *16 の語で修飾している。『特性のない男』で変化したのは、別の状態の対抗軸(旧称・通常の状態)が、北極に対する温帯のような中庸なものではなく、南極のようなもうひとつの極へと格上げされた点である。それがもっとも明瞭に示されるのが、絶筆となった「夏の日の息吹」の章である。千年王国の現前とも目される花びら舞い散る庭の詩的描写で名高いこの章の後ろ半分以上を占めているのは、人間がもつ「二つの情熱のありかた」をめぐって交わされる兄妹の対話である。「奇妙なことに」、この対話のなかでウルリヒの関心は、静的な情熱としての「別の状態」ではなく、人間感情の能動的で貪欲な面にもっぱら振り向けられ、食欲的、動物的、ファウスト的などとここで形容される動的な情熱の再評価とも受け取れる議論を経たのち、最終的に、アクティヴィストとニヒリストという動と静の両極の中庸にレアリストという第三の属性をおいた対称的な構図の呈示にいたる。

 

アクティヴィスト←レアリスト→ニヒリスト

 

アクティヴィストとニヒリストは、やり方こそまったく異なれど、「一種の神を夢みる」者であるという点においては一致をみており、「現実世界をしかと見さだめ、堅実に努力を重ねるレアリストとは似ても似つかぬ存在」である。「夏の日の息吹」の結尾でしめされるこの展望を大川勇は、妹アガーテとの再会からこのかた、千年王国(別の状態)を他ならぬ至上の理想郷としてひたすら追求していく過程でしだいに失われていったウルリヒの可能性感覚の復活を告げる言葉として捉えている。 *17

 

Nono meets Melville

ノーノの全作品をムージルのあの大長編小説に重ね合わせるなら、カッチャーリとの共同制作でPrometeoへと連なる作品群を生み出していた70年代後半から80年代半ばにかけての一時期(Verso Prometeoと呼ばれている)は、ウルリヒとアガーテの千年王国探求のエピソードを中心に据えた『特性のない男』第三部「千年王国のなかへ」(Verso il regno millenarioと訳されている)とちょうど対応関係にある。Prometeoのためにカッチャーリが編纂したリブレットの一角を成す、大半はヴァルター・ベンヤミンの言葉で構成されている詩Il maestro del giocoの第X連は、ウルリヒが千年王国を海のイメージでアガーテに語った「この海は動きもなく、永久に続く結晶のように純粋な出来事だけで満ちている閑寂境なのだ」 *18 に由来するfar del silenzio CRISTALLO / colmo di eventiの二行を忍ばせている。同じくだりをさらに圧縮した「純粋な結晶」のキーワードは、Prometeoの制作期間中に刊行されたカッチャーリのDallo Steinhof(邦題『死後に生きる者たち』)を貫流するライトモチーフの一つである。先に引いたヘリゲルの弓術の師匠の「意欲的すぎる意志が、あなたの邪魔になっている」という反ブルーノ的な教えは、その『死後に生きる者たち』の「弓術」の章から拾ってきたものであった。

 

Prometeoの完成をもって約10年にわたるカッチャーリとの創作ユニットを解消し「ソロ活動」に復帰したノーノが取り組んだ最初の大きな作品がRisonanze errantiである。昨秋édition luigi nonoの第一弾として仏shiiinレーベルからリリースされたRisonanze errantiのマルチチャンネルSACDの精緻を極めた解説(Marinella Ramazzotti執筆)によると、本作はPrometeo世界初演直後の1984年10月から翌年3月頃にかけて芽生えたLiederzyklusの構想に端を発している。それがRisonanze errantiとして実を結ぶまでの間にLiederzyklusの草案は三たびの変遷を経てきた。前身の3つのLiederzyklusを構成するそれぞれ4曲の表題がノーノのスケッチや書簡から判明している。 *19

 

第1の連作歌曲

  • ATMENDES
  • DA SEIN
  • L’INFRANTO
  • INQUIETUM

*

第2の連作歌曲

  • χαῖρε
  • UNRUHE
  • MATTINO
  • ARSO DI SETE

*

第3の連作歌曲

  • INS FREIE
  • χαῖρε
  • VOLL DA SEIN
  • UN VOLTO

 

一瞥して明らかなように、ノーノが選んだ歌詞はPrometeoやその関連作のためにカッチャーリが編纂したテキストの転用である。特に目立つのはDas atmende Klarseinで用いられたリルケの詩(ATMENDE / DA SEIN / INS FREIE / VOLL DA SEIN)とオルペウス教の金板に刻まれた言葉(χαῖρε / ARSO DI SETE)との重複である。テキストの選択からみるかぎり、ノーノはカッチャーリとのコンビを解消した後もなお二人の「千年王国」の領土内に留まっているかのようだ。

 

第4の連作歌曲すなわちRisonanze errantiでは、マショー、ジョスカンオケゲムの歌の素材を音楽とテキストの両面で使用するプランが最初期から変わらず引き継がれているいっぽうで、主軸となるテキストが一新された。ハーマン・メルヴィルとインゲボルク・バッハマンの詩である。一齢~三齢幼虫から成虫への完全変態を彷彿とさせるこのいっけん唐突な変身を橋渡しする人物は『白鯨』のイタリア語訳者でもあるチェーザレパヴェーゼだとRamazzottiは指摘する。1958年のLa terra e la compagna以来パヴェーゼの詩をたびたび音楽化してきたノーノが80年代になっても手放していなかったパヴェーゼの「希望の朝」のイメージは、Il maestro del giocoの最終XII連に現れるMATTINOとUN VOLTOの二語(ともにパヴェ―ゼの詩「朝Mattino」からの引用)の破片となってPrometeoのリブレットの片隅で微光を放っている。 *20 第二次の連作歌曲の表題に現れるMATTINOと第三次のUN VOLTOが第四次に到ってメルヴィルへと羽化を遂げる成虫原基なのだとすれば、三次までの青虫と四次の蝶はテキスト構成に関してもひとつづきの系譜でつながることになる。

 

ノーノの意識のなかでパヴェーゼからメルヴィルへの連想の糸がはたらいていたことはたぶん事実ではないかと思う、が、ノーノとメルヴィルのコンビはノーノ本人の意図を超えたところでこのうえなく魅力的で意義深い。パヴェーゼの丘に上って回り道をせずとも、二人は「海」という共通の要素で直結している。数少ない本物の海の音楽家と数少ない本物の海の文学者の夢のような邂逅。海は広大だが、メルヴィルとノーノが創作の船を繰り出す漁場はごく近い。彼らは「白鯨スタイル」とでも言うべき共通の航海術を駆使して海を渉っていくからである。そう、二人は共にジョルダーノ・ブルーノと同じく「船に乗る人」である。

*1:オイゲン・ヘリゲル『弓と禅』、稲富栄次郎・上田武訳、福村出版、59頁

*2:桑原徹「枠の中の再生」、『要素(書肆山田)』所収

*3:ムージル『特性のない男 5(新潮社版)』より「アガーテはウルリヒの日記を見つける」

*4:ムージル『特性のない男 4(新潮社版)』より「遺言状」

*5:ムージル『特性のない男 5(新潮社版)』より「夏の日の息吹き(断章)」

*6:同上

*7:ムージル『特性のない男 1(新潮社版)』より「少佐の妻との忘れられた、ことのほか重要な物語」

*8:ブルーノ『英雄的狂気』、加藤守通訳、東信堂、235頁

*9:同上、90頁

*10:同上、92頁

*11:同上、39頁

*12:ムージル「新しい美学への端緒」、早坂七緒訳、『ムージル・エッセンス』、中央大学出版部、59~60頁

*13:『英雄的狂気』、92頁

*14:マッシモ・カッチャーリ『死後に生きる者たち』、上村忠男訳、みすず書房、253頁

*15:オイゲン・ヘリゲル『日本の弓術(岩波文庫)』、柴田治三郎訳、42~43頁

*16:「新しい美学への端緒」、69頁

*17:大川勇『千年王国を越えて:ムージルの『特性のない男』における〈別の状態〉の行方』 [link]

*18:ムージル『特性のない男 4(新潮社版)』より「遺言状」

*19:Marinella Ramazzotti (2017). Risonanze erranti o la Winterreise della memoria. shiiin – eln 1.

*20:Marinella Ramazzotti (2007). Luigi Nono. Palermo: L'Epos, p. 119.

断ち切られない歌 後篇の中 10/14

白鯨スタイル

『白鯨』のスタイルとはなにかといえばまず何よりも、かれら捕鯨船夫は広大無辺の海原にあくまでもハンターとして対峙しているということである。「すべて海の凄絶怪奇なものごとに、だれよりもはるかに直接にぶつかってゆくのは彼らであり、その神変不可思議に、ただ目のあたりにぶつかるというだけでなく、腕をそのもののあごにさしのべて相闘うのである」。 *1 巨量の海は、能動的に働きかけるべき対象であるということ。鯨という捕獲対象を、海に浮かぶちっぽけな「陸の断片」であるところの船上に力ずくで引きずり込み、いまや「獲得され変形され消費されるもの」として手の内におちた鯨を、意のままに、徹底的に解体し尽す、それが彼らのやり方である。こうした通常の捕鯨行為の極限に、海そのものの化身であるかのようなモービィ・ディック(鯨とり達によってそれは、時間すら超越した存在だと信じられている)を仕留めてやろうというエイハブの野心、狂執が蠢いている。

 

だが『白鯨』にはもう一人、エイハブに勝るとも劣らない野心を秘めた狂える人間が登場する。この物語の語り手/水先案内人をつとめるイシュメイルである。イシュメイルという人物の異様さは、第102章で明かされる奇怪なエピソードが雄弁に物語っているとおりだ。「これから書きとめるところの骨の大きさは、わたしの右腕のいれずみから逐次うつし取るのだが、あのでたらめな放浪の時にあっては、その貴重な統計を確実に保存するには、そのほかに道はなかったのである。だが、わたしのからだの空間は混みあっており、そしてからだの他の部分の――少なくとも、まだいれずみされずに残っていたところは――当時わたしがつくりつつあった詩のために白紙として取っておきたかったので、わたしは、はしたのインチなどは切りすてた」。 *2

 

イシュメイルの体に起きていることは、鯨が一頭仕止められるたび、ピークォド号のさまで広くない甲板が血と油の川でおおわれ、切りとられた鯨の頭の断片やら巨大な古樽やらで物の置き場に困るほど混みあってくるという事態と等価である。つまり『白鯨』においては、エイハブ率いるピークォド号による鯨の狩と並行して、別の船/船長によるもう一つの狩――言葉による捕鯨が行われているとみることができる。この第二の船の船長にして、船そのものであるともいえるイシュメイルは、狙うべき獲物について、一面では次のようなたいへん悲観的な見通しを口にしている。「いくら分析してみたところで、わたしの力では、表皮をかすったほどのことしかできない。わたしは鯨を知らない。知りうる日はないだろう」。 *3 あるいは、「人がどのように考えてみようと、巨鯨とは世の終末まで描かれずして残る動物なり、と結論せざるを得ないであろう。時として、ある図面は他のものより多少正鵠に近づくでもあろうが、どんなものにしたところで、十分に正確であるという点まではいたり得ない」。 *4 だがそれでも彼にはエイハブと同じ不屈のハンターの血が流れている。「わたしは、この大鯨を取り扱おうと志を立てたのである以上は、この仕事においてわたしが遺憾なく全知であるということを、彼の血液の極微の生命分子をも見のがすことなく、また彼の腸のもつれの最後の輪まで引きのばしながら、証明しなければならない」。 *5

 

わたしが鯨を知りうる日はないという絶望と表裏をなす、この身の程知らずともいうべきかたくなな情熱が、イシュメイルを狂おしいばかりに衝き動かしている。物語のナビゲーターとしての役目などは半ば上の空で、イシュメイルは彼の手の届く範囲の鯨にまつわるあらゆる枝葉末節を飽くことなくまさぐっては、恐るべき執拗さで片端から言語化していくのだ。モービィ・ディックが姿を現す瞬間を洋上で待ちうける、あのいつ果てるとも知らぬ外洋の時間において「船が試みる、船が捉えうる限りのモゥビ・ディクあるいは海に関する細部片と意味片との延延たる集積作業」 *6 は、『白鯨』の紙面を「海とほぼ等身大の厖大で錯綜する言葉の系」 *7 で埋め尽くすにまで到るだろう。

 

『白鯨』の時代の捕鯨は、鯨の体から鯨油を抽出することを主目的としていた。鯨油は灯火用の油として、『白鯨』冒頭の語源部・文献部に登場する助手心得先生がひもとく本に書かれた鯨の記述を照らしだす「光明の原料」*8 となる。捕鯨とは要するに、海の暗がりから鯨を船(陸の断片)に引きずり込み光へと変えていく作業である。檣頭から遠望された一頭の鯨を危険な格闘の末に船上へ引き揚げることに成功したら、その時点で誰の眼にも人間の勝利は明らかなようにみえる。鯨はいまや「仕留め鯨」として手の内に文字どおり掌握され、わが所有物と化したのであるから、あとは好きなように変形、加工、消費してやればよいだけの話である。メルヴィルはしかし第98章「積み込みと片づけ」で、鯨を所有することに伴う憂鬱にふれている。鯨が一頭仕留められる、するとそのたびに、しみ一つない乾いた甲板に「血と油との川ができ」るとメルヴィル/イシュメイルはいう。鯨を解体すれば大量の体液が溢れ出してきて甲板を濡らすのは避けられない必然である。「もし捕えたならば、まちがいないところ、ふたたび古い樫材を汚し、少なくともどこかを、小さな油脂の一滴でぬらすだろう」。光へと通じる途であるはずの鯨の解体作業に朧な水の翳がどこまでもつきまとってくる。解体が進めば進むほど、鯨の体がそこから鯨を取りだしてきた当の大海原に漸近していくという事情を、岩成達也はこう説明している。「モゥビ・ディクあるいは鯨は、灯油への過程で、ほとんどが骨髄にいたるまで徹底的に分解され、また吟味されつくすが、それにもかかわらず、そこにはただ一つの内部もあらわれてはこないのである。内部と思われるものも、船の周辺では、それが採りだされるや直ちに、表面の一細部へと縮退していく。つまり、船が常に海面上を――その外側でもなく内側でもなく――移動するしかほかに途がないように、船にとってのモゥビ・ディクあるいは鯨は、いつでも、その奥行きを無限に奪われてあるものの謂であり、それ故にそれは、船に対して、欠如としてよりほかにその奥行きを示す途をもたないものである」。 *9 解体の涯の最終産物である「光明の原料」鯨油は、それもまた液体、しかも厖大な量の液体である。「鯨という生物は、その皮だけの一部から湖なす液体(such a lake of liquid)を産む」 *10 。所有と操作の領域の懐からとらえどころのない水のようなものがとめどなく滲み出してくるというこの奇妙な事態が、呼吸が体のなかで起こる一種の小出しにされた燃焼であるのと同じような意味で、衝撃を弱められた難破の様相を呈することは避けられない。

 

船上で展開される鯨の解体作業に伴う溢水現象は、紙上で展開される鯨の解読作業でもパラレルに生じている。その原因となるのがイシュメイルによる細部の過剰な言語化である。巨鯨の「血液の極微の生命分子」をも捉え逃がすまいとする執念によって狩り集められた厖しい細部が、まさしく「海のように」平板な記述の連なりとなって、起伏に富んだ物語の筋書きをほとんど水没させてしまうというジレンマはどうにも解消の手立てがない。鯨をさらに精緻に読み解こうとして細部を積み重ねれば、そのことがただちに海原のさらなる拡大を招くからである。記述はいわば水ぶくれを起こすのだ。

 

海上に船を走らせて行う捕鯨は鯨からプロメテウスの贈り物である火を取り出すいっぽうで、イシュメイルが紙上に筆を走らせて行う捕鯨は鯨をこれまたプロメテウスの贈り物である「万象の記憶をとどめる文字を書きまた綴るわざ」 *11 で言葉に変えていく。文字に変貌した紙上の鯨を灯油に変貌したランプの鯨が照らし出して、光の下で鯨が読み解かれる。第32章「鯨学」で鯨が種類ごとに本に喩えられ分類されているのは理由なきことではない。ではなぜ光の届かぬ海中を蠢く鯨を文字どおり「明らかにする」闇から光への道のりがいつもその傍らに掌握しがたい水の仄暗さを滲ませているのか。プロメテウスの贈り物の品目には漏れなく水が付録で付いてくるのだろうか。

 

プロメテウスがもろもろの技術を授ける前の人間は「もともと、何かを見ても、ただいたずらに見るばかり」 *12 だった。見ることは知ることの基本である。見ることを見る、つまり、見るという典型的な志向性を可視化してその形状を観察すれば、水の発生原因を知ることができる。

何故なら 滲む辺とは                光(((穴)))

(…それは (一つの管/井戸) なのだ それは明るみを闇へと浸し…

 あるいは それをつたって 闇が明るみへと立ち昇る (光(穴))…)

                     に ほかならぬだろうから *13

闇、あるいは昏い水に(「もとより水は闇によく馴染む性質をもつ」 *14  、「そういえば、水は闇にいくばくか似かよっています」 *15  )、一条のまなざしの光を差しいれる、するとその光の形状は井戸のような管のかたちをとる。まなざしが向けられた闇の一点には「常に光が臨み とぎれることなく 細部が そこに溢れてくる」 *16 、と同時に、闇(水)に光を差しいれた、まさにそのことによって、光の井戸を伝いなにか仄暗いものが明るみへと立ち昇ってくる、あるいは水のようなものが滲み出してくる。この水はアクティヴィストの手だけを濡らす水である。人は形なくむなしい闇を光で照らし出し形を与えるために見る、と同時に、光で照らし出された形態の世界を形なくむなしい闇に浸すために見る。

 

「白帆の翼に海上を翔ける、船頭たちの乗り物を造ったのも、私に外ならない」 *17 ――船もまたプロメテウスが人間に授けた技術のひとつである。対象へと差し向けられた志向性が原理的に抱えている両義的性格は、船においては乾くことと濡れることの両義性で表現される。それがもっとも端的に表れているのが、一艘の船の陽光に曝される甲板と水に洗われる船底の表裏一体の関係である。船を一冊の本だとすれば、甲板では『白鯨』冒頭の「文献部」の鯨が光と言葉に変わり尽くした陸の光景に向けて頁が繰られ、船底では『白鯨』末尾のピークォド号が跡形もなく難破したあとの「五千年前にうねったと同じようにうね」 *18 る海の光景に向けて頁が繰られる。航海はこの二方向の旅路の同時進行である。

*1:メルヴィル『白鯨』、41章「モゥビ・ディク」、阿部知二

*2:同上、102章「アーササイディーズの島の木かげ」

*3:同上、86章「尾」

*4:同上、55章「怪異なる鯨の絵について」

*5:同上、104章「化石鯨」

*6:岩成達也「モゥビ・ディクの短い見取図」、『マイクロ・コズモグラフィのための13の小実験(青土社)』所収

*7:岩成達也「異火をみた男達 あるいは伝承の中の男達」、『フレベヴリイのいる街(思潮社)』所収:原文は海→荒野

*8:『白鯨』、97章「灯火」

*9:岩成達也「モゥビ・ディクの短い見取図」

*10:『白鯨』68章「毛布皮」

*11:アイスキュロス『縛られたプロメーテウス』、呉茂一訳

*12:同上

*13:岩成達也「十一月/糸屑」、『(ひかり)、……擦過。(書肆山田)』所収

*14:岩成達也「十月/水辺」、『(ひかり)、……擦過。(書肆山田)』所収

*15:岩成達也「水辺」、『(いま/ここ)で(書肆山田)』所収

*16:岩成達也「閏月/係留」、『(ひかり)、……擦過。(書肆山田)』所収

*17:『縛られたプロメーテウス』

*18:『白鯨』135章「追跡――第三日」

断ち切られない歌 後篇の中 11/14

ノーノの白鯨スタイル

Carola Nielinger-Vakil会心の著書Luigi Nono. A Composer in Contextの分析 *1 を手引きとして、ノーノの白鯨スタイルのルーツを初期の「ガチガチの」セリー作品Composizione per orchestra n. 2: Diario polacco ’58 (1958) に辿ってみよう。

 

規則群:

A B Cの3種類の音のタイプ。これらはノーノがポーランド滞在中に経験した3種類の「感情の音調」である。 *2

 

A = sgomentoはワルシャワのゲットーとアウシュビッツを訪れた際の恐怖に心おののくような驚き

B = ammirato stuporeはワルシャワの公園やザコパネのタトラ山地、あるいはクラクフで自然や人工の美に魅了された時の陶然とした心地よい驚き 

C = entusiasmoは1944年の英雄的なワルシャワ蜂起を経て、ナチスの暴虐の嵐が去った戦後に新しい社会、文化を築こうとしているポーランドの人々の決然たる意志に接して感じた気分の高揚

 

目まぐるしく移り変わり、時にはほぼ同時に触発されるこれらの感情を表題のとおり日記風に音に書き留めていく。日記風とはノーノ自身の説明によると、「断片の並置。印象や直感のメモ――それらは日記においてはしばしば単一のセンテンスや感嘆詞で表される――のように」 *3 ということである。しかしこのメモは、メモとか走り書きと言った言葉から連想される気まぐれな軽い筆致とは似ても似つかぬ厳格なルールに則って記述されていく。

*

曲はPart I~IVの四部に分かれ、それぞれのパートがさらに複数のセクションに分割される。各セクションは先に述べたA B Cのいずれかの音のタイプに対応する(Part II以降はA + Bの複合型も登場する)。セクションの総数は32個でセクションの長さは最小1小節、最大55小節。

*

使用する12音列はCanti per 13 (1955) 以来の初期ノーノのお気に入りであるAllintervalreihe (all-interval series)。on F#を基本とするがPart II以降は移高形も用いられる。

*

duration valueは4 5 6 7の四種類で、四分音符を何分割するかを表す。

*

duration factorはduration valueに乗ずる倍数。1 /duration value × duration factorで音価が決まる。1から12までの整数で、短(1 3 5 11)、中(4 6 7 9)、長(2 8 10 12)の3グループに分けられる。Part IIIとIVでは各々の要素を2倍にした数値も併せて使用。

*

12×12の魔方陣。使用する12音列を数値化して横に並べたものを11 8 1 6 9 10 3 4 7 12 5 2の順列に従って繰り返し並び替え、12行の数列を作る。この魔方陣の各列を下から上に読んで、左から順にR1~R12の12種類の数列(各数列の要素は12個)を得る。

*

セクション毎に指定されるsubstitution chart。これを先の12種類のR1~R12の中から選んだ数列に適用して決まるのは、個々のピッチのduration factor、適用されるduration valueの個数、グループ毎の音高の異なるピッチの個数(1~4)である。最後に出てくる「グループ」が構造の最小単位である。グループ単位でピッチ、音価(ひとつのグループ全体を通しての合計値)、ダイナミクス、楽器編成が設定される。

 

以上の設計からは、1986年のエドモン・ジャベスとの対話以降ノーノが盛んに語るようになった、複数の相反する感情を同時に表現する歌の原型を既に認めることができる。と同時に、それら三とおりの感情が三種類の音のタイプに整然と仕分けされ組織化されていく手順がいかにもノーノらしい。固定や図式化を忌み嫌う常日頃からの、しかしとりわけ後期になって顕著になる再三の発言にも拘わらず、ノーノが音を扱う手つきは最初期から晩年に到るまで一貫してある種の図式的な固さ――大海原を舞台に展開される人と鯨の一大活劇を期待して頁を開いた『白鯨』の読者を戸惑わせずにはいられない、あのメルヴィル/イシュメイルの重箱の隅を突く堅苦しい晦渋な語り口のような――を伴っている。しかしその3種類の音=感情のタイプがセリーの徹底した法の手に委ねられ、1~4音単位で逐一性格の規定を受けた結果醸し出されてくるのは、感情が三色にくっきりと色分けされている状態からは程遠い、絶えざる流動と変転の印象である。楽譜やスケッチを精緻に分析した末にようやく判読できる三種の色分けは、三原色の細かいドットで点描された絵のように聴き手の耳の中で混ざり合い、ひとつに融合し、80年代のノーノがしばしば口にするキーワードで言うところのcon-fusioneの様相を呈してくる。この点に関してNielinger-Vakilの次の指摘はたいへん興味深い。

To counteract this immense fluidity and the gradual process of disintegration, Nono introduces two solidifiers with which he effectively defies the serial system: blocks of sound and echo formations.  *4  

作中の所々にセリーの秩序に従わない2種類の異端分子(音響ブロックとこだま)が挿入される、それらをNielinger-Vakiは、セリーの徹底的な行使が招く夥しい流動性に対抗する「凝固因子」と呼んでいる。鯨をあらゆる細部に到るまで言語化しようというイシュメイルの野心の産物である、ひとつひとつを取ってみれば生硬な記述の過剰な連続が『白鯨』の紙面にsomething of the salt sea海洋のにおい *5 を漂わせていたように、「ガチガチの」や「厳格な」といった固さのメタファーでとかく飾り立てられる音列技法に基づき音を細部に到るまでパラメータ化し掌握しようという作曲家の作為の過剰さが、この作品に横溢する、捉えどころなく移ろい続けて止まない水の気配の母胎になっている。メルヴィルとノーノの海の傍には、なにものかの細部を飽くことなく弄る能動的な手の動きがある。その手が弄り操作することができるのに必要なだけの固さを具えた基質の総称が「船」である。メルヴィルとノーノの作品に共通する、一見海の作(曲)家らしからぬ固さの要素は船板の固さである。それは海のために必要とされる固さなのだ、その固さを操ることなくしては海を渉っていくことができないどころか、その固さを弄ることによって海の水が発生するのだから。彼らの船の正式名称は「自らが航行していく海を自らが生み出す船」である。

 

ノーノの船の素材は様々で、Diario polacco ’58のようにセリーの場合もあれば、Cori di Didoneのようにウンガレッティの詩句の場合もあり、ノーノがヴェネツィアのなかぞらに聞き取ったはじまりも終わりもない音の海のように、ヴェネツィアの街のはじまりも終わりもある輪郭を纏った石造りの家々や舗道の場合もある。その系譜の末端に登場する最新鋭の船がライヴ・エレクトロニクスである。ここ数年、日本国内でもノーノのライヴ・エレクトロニクス作品が演奏される機会が何度かあった。どの演奏会も席が指定されていなかったので、私は会場の一角に設けられた「操舵室」のすぐ後ろに座って、船長に背後から人知れずエールを送るのを常としていた。空間を遊動する音を計器の銛を振るい次々に仕留めては鮮やかな手捌きで腑分けしていくキャプテンの頼もしい仕事ぶりを演奏中に後ろから覗き込んでいると、ライヴ・エレクトロニクスとはまさしく『白鯨』的な音の狩猟なのだという事実が如実に実感できる。作曲家の支配の手が及ぶのは、通常は演奏家が楽譜の記述にしたがって音を発するところまでである。それでは飽き足らない欲張りなアクティヴィストのための、所有と操作の領域の拡張ツールの側面をライヴ・エレクトロニクスはたしかに有している。空中に解き放たれ晴れて自由の身となったばかりの音に掴みかかり、電子機器の船上に引きずり込んでさらなる変形加工を施した結果もたらされるのは、しかし必ずしもより整序された判明な構造ではなく、しばしばその逆に不分明への溶暗である。ところで先ほど「会場の一角」と言ったが、ライヴ・エレクトロニクスの制御のための装備一式は一角どころか「中枢司令部」と看板を掲げたくなるような特等席に据え置かれることが多い。たとえばPrometeoのヴェネツィア初演では、サン・ロレンツォ教会の内部に設営された長方形の木の船のまさに中央の、聴衆より一段高い台座に機器一式を並べて、そこでHans Peter HallerやAlvise Vidolin、ノーノらが音響制御の任にあたっていた。 *6 「多中心性」という目を引くキーワードに囚われている単純な人間はその様を見て哂うだろう。中心は一つではないと言うけれど、全奏者を前にした指揮者の立ち位置よりもさらに権力的な空間のど真ん中の玉座に君臨して音楽の全貌を睥睨掌握しようとしている単一の中心が存在しているではないか、というわけだ。

 

ノーノは多中心性の概念をしばしばブルーノを引き合いに出して語っている。「かつてドミニク派の修道士のジョルダーノ・ブルーノは、この宇宙には同時に無限の世界が存在しているんだ、ということを言いました。(……)中心というのは、決してひとつではないんですよ。太陽が無数になるように、この世界には実にたくさんの中心が存在するんです」。 *7 多中心性とは、自覚なきブルーノ主義者ノーノが自覚している表面的なブルーノ性である。ノーノがブルーノから受け継いだ本当の真髄は、無限の大海へと漕ぎ出していくためのブルーノ流の熱き航海術である。晩年のノーノが座右の銘としていたトレドの言葉はヴェネツィア的であると同時にすぐれてブルーノ的なモットーであった。進みゆくものよ/私は方向づけられている、道はない/海にも喩えられる無限のひろがりは一切の方向性を欠いている、だが進まなくてはならない/だがそれでも私に授けられた志向性という素晴らしい船を私は決して手放したりはしない――限りないものへと差し向けられた限りあるものの情熱的な意志のこの高らかな肯定こそが、ノーノに息づく真のブルーノ精神の発露である。

 

進みゆくものよ、その「進む」というありふれた行為のうちにも端的に表れているわれらの意図や作為は、ジョン・ケージがやっている偶然性の音楽のような小細工でやすやすと消し去ることができるものだろうか。小細工――そう、あれはまさしく意図的な意図の放棄、作為的な無作為化である。庄野進による偶然性の音楽の「作曲手順」の解説では、「素材がそこにランダムに配置される」、「音と音とを物理的に切り離す」、「音と音の間に沈黙を挿入する」、「音と音との間の関係を断つ」といった、作曲者のあからさまな作為を指し示す表現を重ねた末に「作られた」個々の音が、「今、ここでの唯一性」という常套句で美化されていく。 *8 確率論と書かれた名札を幹にぶら下げた科学の大樹に全体重で凭れかかりながら「ほらほら、作曲家であるわたくしの意図は少しも働いてはおりませんよ」と嘯いてみせるあの猿芝居は、ノーノとはおよそ無縁のものである。

 

「おお フレベヴリイに似た男達よ 方向づけられてあるということ それは よく考えてみるとき かくて あなた達の悲惨さのすべてであり 同時に あなた達の恩寵のすべてではないか とさえ思えます」 *9 ――岩成達也のその言葉どおり、この地球上に生きている生物個体は徹頭徹尾方向づけられ、ミクロからマクロまであらゆるレベルに道の形象が現れる。DNAの遺伝情報は必ずコード鎖の5’(上流)から3’(下流)に向かって読み取らなければならない。遺伝子レベルで既に喚起される上流、下流という川の流れのメタファー。真核生物の細胞には微小管という線維状の蛋白質が遍在する。微小管は基本単位であるヘテロダイマーの付加されやすいプラス端とされにくいマイナス端の区別がある、矢印のような極性を具えた線であり、この性質のゆえに方向性をもった細胞内の搬送路としても機能する。未受精卵における動物極―植物極の分化にはじまって受精後の背腹軸、前後軸、左右軸の確立に到る個体レベルの極性形成にも微小管は主役級の働きを担っている。神経系の多数派を占める化学シナプスでは、情報伝達の方向がシナプス前細胞からシナプス後細胞へと、クロノロジカルな時間のように一方向に定まっている。

 

身内の葬儀で大きな啓示を受けた。火葬炉から出てきた骨格には一見して涸れ川の河床のような「流路」の印象がある。露わになった生の軸線。続いて行われる拾骨は骨格の闇雲な断片化によるその軸の解体作業ではない。足から頭へと、下から順に骨片が拾い上げられていく。喉仏(に見立てられた第二頸椎)のほかに眼窩の骨が特に慎重に取り扱われ、生体の位置関係を保ったまま骨壺に収められる。これで骨壺の氏名が刻印されているほうを正面に向ければ故人がこちらを向いていることになりますから、との説明。骨壺に収まる段になっても最小限保持されるひとりの人間の生の面影は「方向性」なのだ。下から上へ垂直に立ち上がる体幹の向き↑と、それに直交して水平に伸びる視線の向き→と。わたしの中に/わたしから/わたしへと伸びるいくつもの道筋。方向づけられていることの恩寵と呪いからわたしが逃れるすべはとてもありそうにない、ならばとことん進め、進み抜けというのが、ブルーノやメルヴィル、ノーノのモットーである。「進みゆくものよ、道はない、だが進まなくてはならない」――かくして「移動を行うための意志」をそのまま形にした船が洋上に航跡を刻む。無限の大海原の只中へと舵を切るブルーノの船の推進力は「英雄的狂気」である。英雄的狂気の「狂気」とは何か奇抜なことをせよという意味ではない。エソロジーの分野にはsupernomal(超正常)という素敵な用語がある。過剰に普通であること。物を見る、これは日常茶飯事である。狂える者は「通常以上に物を見る」。 *10 何かを穴の空くほど見つめる、空いた穴から溢れ出してきた水で溺れるほど見つめ続ける。ムージルがかつて「通常の状態」と呼んだ、志向的で能動的で生産的で建設的な、人間の精神の「鋭利で悪い基本的特性」 *11 をとことん突き詰めていった「超通常状態」においてひらけてくるはずの海にブルーノは賭ける。

*1:Carola Nielinger-Vakil (2015). Luigi Nono. A Composer in Context. Cambridge: Cambridge University Press: 95-122.

*2:ノーノによる作品解説 [link]

*3:同上

*4:Nielinger-Vakil (2015), p. 119.

*5:メルヴィル『白鯨』18章「印形」、阿部知二

*6:Hans Peter Haller (1995). Das Experimentalstudio der Heinrich-Strobel-Stiftung des Südwestfunks Freiburg 1971-1989: Die Erforschung der Elektronischen Klangumformung und ihre Geschiche Band 2. Baden-Baden: Nomos Verlagsgesellschaft, p. 169.

*7:1987年11月27日の武満徹との対談の中でのノーノの発言。『歌の翼、言葉の杖 武満徹対談集(TBSブリタニカ)』所収

*8:庄野進『聴取の詩学 J・ケージから そしてJ・ケージへ』、勁草書房、62~63頁

*9:岩成達也「渚について あるいは水際の教説」、『フレベヴリイのいる街(思潮社)』所収

*10:ジョルダーノ・ブルーノ『英雄的狂気』、加藤守通訳、東信堂、70頁

*11:ムージル「新しい美学への端緒」、早坂七緒訳、『ムージル・エッセンス』、中央大学出版部、58頁

断ち切られない歌 後篇の中 12/14

ジョルダーノ・ブルーノの船

「つまり宇宙に存在する運動には、無限の宇宙から見るならば、上も、下も、あちらも、こちらも、区別ないのです。こういう区別は、そのなかにある有限の諸世界から見られたものであって、」 *1 ――無限そのものには左も右も高いも低いも近いも遠いもないというブルーノの基本認識が、その志向なき無限を志向することへのなんの妨げにもなっていないことは、『英雄的狂気』を一読すれば明白である(「無限への進行」 *2 「高所を希求する精神」 *3 「神へと向かい、神を目指す」*4「把握不可能な真理に向かってつねに進み続ける」 *5 「魂全体が神へと向きを変え」 *6 )。ブルーノにとって重要なのは、「神は近くに、われわれとともに、われわれの内にいる」 *7 という言語表現の中で生じている神=無限への漸進的な空間移動を可能としてくれる「道」を見つけ出し、あるいは作り出し、そしてその道を熱意をもって進んでゆくことである。

 

ジョルダーノ・ブルーノは見る人である――「愛はあらゆる感情の基礎をなす」 *8 そして、「あらゆる愛は見ることから生じます」 *9 /「見るという行為を通じて美しいものが提示される」 *10 /「愛は視覚を通じてもっともよく働きかける」。 *11 視線という言葉はあっても聴線、嗅線、触線、味線とは言わない。ブルーノが視覚をすべての感覚の中でもっとも霊的なものとして最重視するのは、視覚の突出した指向性の高さゆえに、まなざしが限りあるものと限りないものを結ぶとりわけ通りやすい連絡路の役を果たすからである。

 

壁だけで扉や窓――要するに穴――のない家に暮らすことができないのは、魂の家である肉体についても同様だ。

魂は、長い間、質料とより親しいがために、神的英知の輝きと神的善の形質との二つの光線によって貫かれるには、あまりにも固く不向きだったのです。彼が言うには、この間、心はダイヤモンドによって周りを飾られていました。つまり、熱せられ貫かれるにはあまりにも固く不向きな情念が、愛の打撃を防いでいたのです。 *12

視線は体に穿たれた穴の一つである目から伸びる光(眼光)である。穴を穿つとは、穴がアフォードする「通り抜ける」という行為によって内を外をつなぐ一筋の道を作ることである。通路としての穴は出口でも入口でもあり(「神性を見ることは神性に見られること」 *13 )、目という穴を介して光の矢は内から外へ、あるいは外から内へと双方向に行き交う。たとえば、入口としての目――「そして幾多の光のうちでこれらの光のみがわたしの目を通して/わたしの心へのたやすい入り口を見出した *14  解題:英知の輝きと太陽であるところの能動知性を現出させるこれらの光は、『心』、すなわち情念一般の実体、に至るための『たやすい入り口』を見出したからです *15 」、出口としての目――「このことは、目の光である矢が放たれることで生じるのですが、目というものは、傲慢で反抗的であったり、あるいは寛容で慈悲深かったりするのに応じて、天国あるいは地獄へと導く扉になるのです」、 *16 出口――「可視的な形質を獲得するために目から光線を放つ」、 *17 入口――「外の光と可視的な形質を内へともたらす役目を果たす水晶体」。 *18

 

目は光の出入口であるとともに、光とは別のものの少なくとも出口でもある。『英雄的狂気』第二部の第三対話では、目から溢れ出る水すなわち涙の理由について狂える者の目と心が語りあっている。目がしゃべること以上にその話の内容が又聞きした人間を不思議がらせる――「けれども、目が用いる大げさな表現には、驚いてしまいます。そこでネレイデスたちが日の出に向かって頭をもたげる、海の水よりも多量の水を、目が提供するですって。それに比べたらナイル川が七つの細流を持つ小川に見えるほど数多くの大河を(現実に流しているのではなく)流すことができるという理由で、目が大海と同等にみなされるですって」。 *19 目はどうして「海の種子」 *20 となり得るのか?「わたしの目のそれぞれが大海を含んでいる」 *21 とはいかなる理由によってなのか?一言で言えばそれは目が無限へと接がれた穴だからである。目と心の愚痴のこぼし合いのようなすれ違い気味の対話をとおして徐々に描き出されていくのは、船が海面に浮かぶようにわたしの内と外のちょうど境目に位置する目を通り抜けて内なる心と外なる世界(宇宙)とを環流し続けるひとつの回路である。この回路において目は入出力のインターフェース――ライヴ・エレクトロニクスで言えばマイクロフォン兼スピーカー――の役を担っている。

目は、この議論において二つの機能を持っています。ひとつは心に印象を刻印する働きであり、もうひとつは心から印象を受け取る働きです。同様に、心にも二つの働きがあります。ひとつは目から印象を受け取る働きであり、もうひとつは目に印象を刻印する働きです。目は緒形質を認知し、それらを心に伝えます。心はそれらを熱望し、自らの熱望を目に提示します。目は光を捉え、それを拡散し、心に火を付けます。心は熱せられ、火を付けられて、目によって消化されるために自らの体液を目に送ります。このようにして、最初に認識が情念を動かし、次に情念が認識を動かすのです。 *22

溢れる涙の原因はわたしの心の中で燃え上がる情熱の炎、心の火の原因は目が捉えたわたしの外の世界の対象物――と因果の連鎖を遡っていくと、結局「外の光景は [内なる情念が] 存在する発端だった」 *23 と知れる。わたしの内から外へ溢れ出してくる水は、元を辿れば外界へと突き出たわたしのまなざしの井戸から汲み出されてきた水であった。ライヴ・エレクトロニクスにおいてスピーカーから出力される音が、元を辿ればマイクロフォンから入力された生の演奏音の変容した姿であるように。目は光の出入口であるとともに、その裏面では水の出入口でもある。わたし自身は有限者だとしても、わたしが「対象に無限なしかたで関わ」 *24 っているかぎり、つまり、まなざしが無限なるものへと向けられているかぎり、汲み出される水は無尽蔵で限りがない(ところで、人の顔に空いた別の穴、鼻と口は空気の出入口で、目が海の種子であるのと同様の理由により風の種子である。それゆえ、「もしも最高善と無限の美とを終わりなく熱望する情念から生じる溜息をわれわれが数えるとしたならば、あたかも(アエオルスの強風の吹きすさむ洞窟の中の)すべての風が溜息に化したかの印象を受ける」 *25 のである)。

 

メルヴィルとノーノの船は「自らが航行していく海を自ら生み出す船」だと先に述べた。海に浮かぶちっぽけな船体がどうして海の種子となり得るのか?上にみた対話の内容はその疑問に対するブルーノの答である。じじつブルーノは人間の両の目を「魂の船首に輝く双子の光」 *26 と形容していた。目が船の形象を帯びるのは、五感の中でも飛び抜けて高い視覚の指向性が虚空を貫いて伸びるまっすぐなまなざしをいかにも航路めいたものにしていることに加えて、「濡れることと乾くことの両義性」という船の基本的な存在形態を目が具えているからでもある。

目は、動かす立場にあるときは、鏡として再提示する機能を果たすために、乾燥しています。しかし、動かされる立場にあるときは、熱意を持って事に当たるので、混乱し変化しています。実際、観想的な知性が最初に美と善を見、次に意志がそれを欲求し、その後で熱意 [意志] を持った知性がそれを得ようと努め、追求し、求めるのです。涙に濡れた目は、熱望されたものが熱望する者から分け隔てられていることの苦境を示しています。 *27

 

目と心の対話につづく第四対話でブルーノは、「人間の精神が視線を神的な対象に定めることができないゆえにそれに対して盲目であることの九つの理由」 *28 を九人の盲人の慨嘆の形で順に挙げている。これは目指すべき方向に舳先を向けることができず船が航行不能に陥ってしまう海難事故の想定事例集である。船を見舞うトラブルの二大原因は濡れすぎによる難破と乾きすぎによる船火事である。例えば第五の盲人の言葉は難破による航行不能

いつも水に浸された私の目よ、

いつになったら、

かくも分厚い障害を通って、

目の光線から火花が放たれ、

わたしはあの聖なる二つの光を見ることができるのだろう。

わたしの甘美な災いの始まりであった二つの光を。

ああ、対立するものによって長きにわたって圧迫され打ち負かされたために、

この火花はとっくに消え去ってしまったはずだ。

 

盲人を通してください。

そして、わたしの二つの泉を見てください。

それらは、他のすべての泉を集めたものにさえ勝るのです。

そしてわたしとあえて論を交わす人は、

 

わたしの目のそれぞれが大海を含んでいることに

きっと気づくことでしょう。 *29

いっぽう船火事に関しては、「さかさまの太陽」とでも言うべき心の火が目=船を脅かす熱源として取り沙汰される。心の内で燃え盛る火が目に作用して引き起こされるのは本来なら湧き出る涙の溢水現象のはずであったが、「水と熱との交互作用」 *30 の危うい平衡がひとたび崩れれば、時にはその火がそのまま船に延焼する正反対の事態も起こりかねない。第七の盲人が訴える苦境はその一例である。

目から心へと侵入した美は、

わたしの胸の内に高貴な窯を作りました。

この窯は頑強な熱光を噴出して、

まず目の水分を奪いました。

そして、乾燥した元素 [火] を満足させるために、

わたしの他のすべての液体を呑み込んで、

わたしを、アトムに全部分解された

バラバラの埃にしたのです。 *31

 

「魂の船首に輝く双子の光」という船の隠喩で人の目を呼び表したブルーノが、その目が視線を向ける無限の対象をアンピトレテ(アンフィトレテ)という海の隠喩で呼び表している一節に、ブルーノ流航海術のエッセンスが凝縮されている。

こうして、神的な事象への想いである犬たちは、このアクタイオンを食い尽くし、彼を俗衆に対して死なせ、混乱した感覚の絆から解き放ち、質料の肉的牢獄から自由にします。したがって、彼はもはや彼のディアナをいわば穴や窓を通して見ずに、壁を崩して、地平線全体に現れる姿を熟視するのです。その結果、彼は、すべてを一なるものとして見つめ、もはや区別や数を通して見ることはないのです。区別や数というものは、いわば多様な隙間とも言える感覚の多様性に即して、混乱したかたちで見たり把握したりすることを、可能にするのです。彼が見るのは、アンフィトリテです。 *32

視野一面にひろがる海(アンフィトリテ)の眺めの前段階には穴や窓を通して覗き見る海の眺めがある。穴や窓のアフォーダンスが喚起する線的な道の形象は海の上の航跡である。アクタイオンが食い尽くされるその日まで、海の語彙で言い換えれば船が海に呑み込まれるその日まで、ブルーノはまなざしの船を操り意志的に海を渉っていく。梯子を上りきったあとは梯子を捨てなければいけないとしても、梯子がなければそもそも高みに上ることができない。ブルーノの船はその梯子である。「おお愛の海よ、それを知るのは溺れるものだけで、その海上を船でゆく者ではない!」だって?ブルーノにとって海上を船でゆくことは溺れるための前提条件である。

*1:ジョルダーノ・ブルーノ『無限、宇宙および諸世界について(岩波文庫)』、清水純一訳、93頁

*2:ブルーノ『英雄的狂気』、加藤守通訳、東信堂、188頁

*3:同上、191頁

*4:同上、204頁

*5:同上、205頁

*6:同上、111頁

*7:同上、149頁

*8:ブルーノ『紐帯一般について』、岡本源太『ジョルダーノ・ブルーノの哲学(月曜社)』、49頁

*9:『英雄的狂気』、102頁

*10:同上、103頁

*11:同上、215頁

*12:同上、207頁

*13:同上、198頁

*14:同上、209頁

*15:同上、208頁

*16:同上、64頁

*17:同上、268頁

*18:同上、270頁

*19:同上、245~246頁

*20:同上、247頁

*21:同上、269頁

*22:同上、257~258頁

*23:同上、105頁

*24:同上、255頁

*25:同上、158頁

*26:同上、265頁

*27:同上、258頁

*28:同上、276頁

*29:同上、269頁

*30:岩成達也「木製扉への中途半端な接近」、『マイクロ・コズモグラフィのための13の小実験(青土社)』所収

*31:『英雄的狂気』、272頁

*32:同上、237~238頁

断ち切られない歌 後篇の中 13/14

Ascolta聞けとCaminantes進みゆくものよ

ノーノは聞く人である、と一般には思われている。Prometeoの制作過程で本人の言によればsindrome antivisualistica *1 に罹ったノーノが、Emilio Vedovaの協力を得て模索していた視覚的演出のほとんどを「聞く悲劇」の妨げになる攪乱因子として排するに到った経緯はよく知られている。人の顔に空いている穴のなかで正面性をもっともあからさまに主張しているのが目で、逆にもっとも控えめなのは耳である。これと狙いを定めた対象を射抜き見据える好戦的な凸型の目と、「何だかはまだわからないが、何かが響いて来るのを待つ」 *2 慎ましい凹型の耳は、『特性のない男』の用語に即してそれぞれアクティヴィストの感覚器官とニヒリストの感覚器官と呼ぶこともできそうだ。カッチャーリが編纂したDas atmande Klarseinの歌詞にはじめて現れる「ascolta聞け」は、しかしもともと「SIEHE見よ」に並置されていたのだった。そしてこのSIEHE Ascoltaの対は、メルヴィルの詩The Lake からノーノが引いたBut look - and hark!(イタリア語訳はMa guarda, ascolta...)に姿を変えてRisonanze errantiにも継承されている。

 

Prometeo後に浮上してくるCaminantes(進みゆくものよ)の新たな呼びかけは、視線と分かちがたく結びついている。進みゆくものは、特にあらかじめ定められた道がない環境のもとでは、まなざしが指す方向へ進んで行くのが通例である。だからこそ進む方向は耳指すでも鼻指すでもなく目指す方向と呼ばれる。ジョルダーノ・ブルーノが言うとおり、目は「魂の船首に輝く双子の光」 *3 なのだ。トレドの修道院の壁にノーノが例の落書きを見つけるはるか以前のごく初期の頃から、ノーノの音は譜面上のあちこちに左右対称の船の形を造り出していた。左右対称の図を眺めたとき総じて正面向きの印象を受けるのは、要するに、見つめ返してくるまなざしを感じるからである。あらゆる左右対称形が喚起する、対称面に沿って前方に伸びる動線を視線と呼び直してもよい。潮騒を迎え入れる耳の凹と目指すべき海を志向する目の凸は文字どおりの凸凹コンビとして、1987年に一度だけ来日したノーノを感心させた神社と寺院の混在のごとく、ノーノの音楽のなかで「不思議な共存」 *4 を果たしている。ウルリヒやアガーテと同じく、ノーノもレアリストではないが「ニヒリストとアクティヴィストではあった、そして時に応じて一方ともなり、他方ともなったのだった」。 *5

 

Ascoltaの声が5たびこだまするDas atmende Klarseinの合唱は天使的平静を旨としていた。部分音を欠いた純音による声部ごとの完全なユニゾンの理想への途に、私的な情念のざわめきが入り込む余地があろうはずがない。打って変わってRisonanze errantiの独唱に横溢するのは、すこぶる人間的な感情の起伏である。ノーノはそれをpfffpppfpppppppfffff nel mio cuore(私の心の中のpfffpppfpppppppfffff) と形容している。心の火。いっぽうRisonanze errantiの音の海=こだまの主成分は私の内側から溢れ出してきた溜め息(a ah u ahimé uh eh)や涙(Pleure)である。カッチャーリに捧げられたこの連作歌曲の作品世界では、ジョルダーノ・ブルーノが『英雄的狂気』で解き明かした、(ある意味カッチャーリらしからぬ)アクティヴィスト的な情熱を燃料に駆動される情動の絶えざる流れが、歌い手である「私」の内外を行き来し循環している。

 

1969年のとあるインタビューでノーノは俗説に異を唱えている――私は決して点描風に作曲したことはない、それは批評家が見つけ出したことだと。「音の点がそれぞれ自分自身の中に閉じこもって密閉されているというような音楽観は私には全く無縁なものです」。 *6 Il canto sospesoで私が企図していたのは、幾つものバラバラな点ではなく「ひとつの線」なのである――。点ではなく線だということの意味をRisonanze errantiで詳しく検討していこう。いっけん細切れに寸断されているようにみえるメルヴィルの詩句断片の「断ち切られた歌」をひとつに結びつける線については既に述べた。Battle-Piecesの3篇の詩を貫いて流れるクロノロジカルな時の流れを保存する(原詩を断片化はしても並び替えはしない)ことによって、メルヴィルの詩句断片は終端に置かれたdeathに向かって進んでいく一筋の航跡につなぎ止められる。メルヴィル由来の多数個の断片は作品世界に鏤められたメルヴィル群島ではなく、一隻のメルヴィル号の、激情に彩られた「人生航路」の軌道を表す連続画像の構成要素を成すのである。

 

ライヴ・エレクトロニクスにより再構成された音響空間において、メルヴィルの詩句を歌う独唱は明らかに内的独白の性格を与えられている。メルヴィル(とバッハマン)の歌は、ホールに設置された10台のスピーカーのうち、左右の辺に沿って均等に配された8台のスピーカーではなく、ホールのちょうど真ん中に位置する2台のスピーカー(L9、L10)からもっぱら出力される。主人公を空間の中央に据え置いた自己中心型の視座をとおして一人称で紡がれていくナラティヴ。英語の閉音節性に加えてリバーブも最小限に留められることにより、メルヴィルの船歌の音質は乾いて堅い。一転して母音主体の柔らかな響きを湛えたシャンソンのこだまは、大半が深いリバーブによる液化処理を施され、10台のスピーカーすべてを駆使したダイナミックな再生時機の制御により、中央に定位する船=私を取り巻く空間に遍く滲み拡がっていく。文字どおり陸と海ほどに性質を異にするメルヴィルの歌とシャンソンのこだまは、しかし互いに無関係に生起する音現象ではない。

 

Risonanze errantiの作曲に際してノーノは音が空間を動いていく経路を描いた模式図を幾つも書き残している。 *7 *8  *9  *10 図に添えられたspazio esterno・esterno Raum(外部空間)、piccolo spazio interno(小さな内部空間)のキャプションが示すとおり、ノーノの関心事はなにものかの内と外を行き来する音の動態であった。これらの「進みゆく音」のスケッチにおいて音は音符という島のように動かない点に換わって動きを体現する線により書き表されることになる。『英雄的狂気』のブルーノは、内から外への流出と外から内への流入を共に矢のメタファーで表現していた(内→外の例として「目の光である矢が放たれる」 *11 、外→内の例として「(心)の傷は、鉄やその他の素材によるものではなく、筋力によって作られたものでもありません。それらは、ディアナの矢かフォエブスの矢のいずれかなのです」 *12 )。ノーノが描く音の経路も視線のように指向性の高い、ブルーノ譲りの直線的な矢印である。そしてその矢は内→外、外→内の双方向に先端を向けている。

 

スケッチの一枚の、矩形の空間の中心の一点から音が四散していくモデルに基づいて、メルヴィルの船=私の立ち位置であるホール中央のL9とL10の2台のスピーカーからホール四隅の4台のスピーカーに向かってこだま(adieu u)が放射状に発散していく音の動きは、ブルーノが『英雄的狂気』の第二部第三対話で説いたかの因果律の忠実な再現である。私の心の内で燃え盛る情熱の炎が吐息や涙を私の内から海のようにとめどなく外部の空間へ溢れ出させる。船が「海の種子」 *13 になるために必要とされるもう一つの条件をノーノは忘れていない。ホール中央の船から発出して演奏空間を蒼一色に染め上げていった音は壁に当たって反射し、ヴェネツィア名物のアックア・アルタのように船に向かって再度押し寄せてくる。その逆向きの流れにノーノはspazio esterno che entra(流入する外部空間)と書き添えている。 *14 内→外の流れと外→内の流れが組み合わさることによって、船と海との間で往還を繰り返し、「下位の水を上位の水と等しく」 *15 する持続的な回路が確立される。

 

Risonanze errantiの全篇に鏤められた打楽器は、海流を観測するため海に撒かれた色付きの砂のように、ブルーノ的回路の流れに乗って作品世界を循環している。あるときは水平線の彼方から聞こえてくる遠いざわめき(クロタル、ボンゴ、サルデーニャの羊の鈴のいずれの譜面にも認められるlontanissimoの添え書き)。またあるときは心の内奥に打ち響く心臓の鼓動(51~55小節のクロタルとサルデーニャの鈴の音に付された「come palpiti di cuore心臓の鼓動のように」)。作品世界に生きる「私」の内withinと外withoutを股にかける打楽器の融通無碍なふるまいの秘密は、その音の形状にある。言葉の世界で打楽器の音、たとえば鐘の音は慣習的にGongやゴーンと擬音化されている。末尾に付く「ng」や「ン」は、あらゆる事象に形を与えねば気の済まない人間の抱くイメージの帰結である「入れ物」のメタファー(心のような抽象概念や事件のようなできごとが「もの」化し、さらに「入れ物」になる) *16 を形成するため人為的に設けられた、音と沈黙を分かつ架空の境界である。Gとngで両端を閉じることによって打楽器の響きは堅い器の輪郭を得て、囲い込まれたoが音の内部を満たす中身になる。リルケの詩Gong(銅鑼)から引けば、「流出(過ぎ行く時間)から圧し出される持続、鋳なおされた星」。しかし現実の打楽器の音にはンやngのような仕切りはなく、アタックの後の余韻は彗星のように長く尾を曳きながら沈黙の海へと有耶無耶に溶け込んでいく(Goooooo...)。減衰音の最大の特徴はアタックと余韻の前後の極性が明瞭なことで、その形状はよく言われるような点、粒子ではなく矢に近い(先ほどの砂粒の喩えは撤回しなければいけない)。つまり打楽器の発する減衰音は本来、方向性を持って空間を進んでいく運動イメージ(→)を喚起するのである。打楽器の役回りは音で器の形を空間に打ち立てることではなく、器の形をとるものが自然に呼び覚ます、器の内外を出入りする流れを音で可視化することにある。

*1:Un'autobiografia dell'autore raccontata da Enzo Restagno (1987), p. 71.

*2:1987年の高橋悠治との対談(『高橋悠治対談選(ちくま学芸文庫)に収録)での発言

*3:ブルーノ『英雄的狂気』、加藤守通訳、東信堂、265頁

*4:1987年11月27日の武満徹との対談の中でのノーノの発言。『歌の翼、言葉の杖 武満徹対談集(TBSブリタニカ)』所収

*5:ムージル『特性のない男 5(新潮社版)』より「夏の日の息吹き(断章)」

*6:Gespräch mit Hansjörg Pauli. 訳は黒住彰博『ノーノ作品への視点』による

*7:Marinella Ramazzotti (2007). Luigi Nono. Palermo: L'Epos, p. 203, 209.

*8:Marinella Ramazzotti (2017). Risonanze erranti o la Winterreise della memoria. shiiin – eln 1, p. 47, 53.

*9:Hans Peter Haller (1995). Das Experimentalstudio der Heinrich-Strobel-Stiftung des Südwestfunks Freiburg 1971-1989: Die Erforschung der Elektronischen Klangumformung und ihre Geschiche Band 2. Baden-Baden: Nomos Verlagsgesellschaft, p. 185.

*10:Friedemann Sallis (2015). Music sketches. Cambridge: Cambridge University Press, p. 39.

*11:『英雄的狂気』、64頁

*12:同上、207頁

*13:同上、247頁

*14:Ramazzotti (2017), p. 46.

*15:『英雄的狂気』、23頁

*16:瀬戸賢一『空間のレトリック』、海鳴社