アンキアライン

ルイジ・ノーノの音楽(主として後期作品)について

飛来

Nono Books 2014年以降の主な新刊 近刊予告 Jürg Stenzl Luigi Nono Schott Music 166 pp. 上写真・左の本の改訂新版。2016年5月、まもなく発売 →いつ出るんだか、そもそも出るんだかどうかもさっぱりわがんね。 * Angela Ida De Benedictis and Veniero Ri…

断ち切られない歌 後篇の上 1/9

こだま、海の歌(承前) 「こだま、海の歌」から「メルヴィル、船の歌」へ向けて、海にお船を浮かべるための準備作業。それゆえに、 砂漠はサクッと通り過ぎてしまいたい ノーノがエドモン・ジャベスの砂漠へと誘われた経緯は、例によってカッチャーリ→ノー…

断ち切られない歌 後篇の上 2/9

ヴェネツィアの石(承前) 「石を聞く」、その言葉の意味を探るために。1988年のサン・マルコ寺院前の談話のなかで、ノーノが「架空のスピーカー」と言っていたことを思い出そう。80年代のノーノが没頭していたライヴ・エレクトロニクスは、ヴェネツィアの空…

断ち切られない歌 後篇の上 3/9

水浸しの島 港は青い時の終りではない 阿部良雄『夢の展開(沖積舎)』、33頁 無辺のものを産みだすためになにものかの辺が必要とされるという反射の逆説を、ノーノはラグーナに浮かぶ小舟の上で漏らした最後のひとことでさりげなく乗り越えようとしていたの…

断ち切られない歌 後篇の上 4/9

メドゥーサの族 「音の海」とか「音の島」とか言ってるけれど、音というものはそもそも固体か液体かそれとも気体なんですかと問われれば、音は狭義には空気中を、広義には気体だったり液体だったり固体だったりするさまざまな媒体を伝播していく弾性波である…

断ち切られない歌 後篇の上 5/9

ゴーン 人間のメドゥーサっぽいところが視覚だけではなく聴覚にも及んでいることを確認するために、頭のなかで鐘の音を鳴らしてみる。 ゴーン ゴーン ゴーン キーン コーン カーン これは和風の鐘の音。英語圏だと多少表記が変わってDing Dong...になる。ド…

断ち切られない歌 後篇の上 6/9

ノーノが一度だけ来日した折(1987年)に一度だけひらかれた講演(12月1日)の内容は、これまでに何度も引用したことがある。その講演は、水声社から出ている『現代音楽のポリティックス』という本に収められている。ノーノを含めた5人の作曲家(クリスチ…

断ち切られない歌 後篇の上 7/9

近藤譲の音 近藤譲が語る音の手触りは、それはもうとにかく固い。なにしろ「ひとつの音」のさらに上をいく「一個の音」なる恐るべき表現が出てくるのだから。 そこいらに転がっている石ころ一つもきれいですし、音一個も美しいですし、 *1 * 聴くのは旋律の…

断ち切られない歌 後篇の上 8/9

FUKAKAIな音楽 「浜辺で石をみつけようとするように、音をみつけている」、あるいは「浜辺で散歩しながら貝を集めるように音を集めた」とケージが言っているのを聞いて、言葉尻をとらえるようではあるが、「ああやはり」と私は思う。やはりケージのイメージ…

断ち切られない歌 後篇の上 9/9

ノーノの音 ノーノの講演 *1 の前半部は以前の記事で紹介した。その内容は、ノーノが黒板に描いた三段階の図で要約される。これは直接的にはフランドル楽派の作曲技法を模式図にしたものであるが、ノーノ本人の作曲法のエッセンスを示した図だと受けとってか…

断ち切られない歌 中篇の下 1/16

こだま、海の歌(承前) まえおき さて、この先の航海は、一個の音楽作品を取り巻く外側の世界を意識することで その存在が仄めかされてくるより広大な海原へと舵を取り進められていくことになる。 すなわち、「音楽のなかにひろがる海」から、「個々の作品…

断ち切られない歌 中篇の下 2/16

第2日 1956年 Il canto sospesoの海 第2楽章のアカペラ合唱の歌詞のなかの、 (Per) esso sono morti millioni di uomini それ(のために)何百万人もの人が死んだ ※原文のPerは歌では省略されている という一節を、構成要素の母音に注目して吟味すると、中…

断ち切られない歌 中篇の下 3/16

遠足からの帰宅後 改めて新旧の海のレシピを見比べてみよう。 A 1950年代 前提:あらゆる言葉には水分(=母音)が潜在している。単語(a word)の解体による水(母音)の抽出。取り出した水を、五線譜上で音符をつかって平らに引き伸ばし、海の似姿をつく…

断ち切られない歌 中篇の下 4/16

プロメテオのさいはて、つづき senza fine Tristanに関するノーノの主な発言は二種類の文献にまたがっている。ひとつは先ほどマーラーのところでも出てきたカッチャーリとの対談で、もう一つは例の自伝的インタビューである。 Enzo Restagnoによる自伝的イン…

断ち切られない歌 中篇の下 5/16

穴、つづき 知覚的補完は視覚だけでなく聴覚においても生じる現象で、その代表例が連続聴効果(continuity illusion)と呼ばれるものである。百見は一聞にしかずで、アレコレ説明するより実際に聞いてみたほうがはやい。 http://www.kecl.ntt.co.jp/Illusion…

断ち切られない歌 中篇の下 6/16

海の時間のまま 時の流速を有耶無耶にさせるフェルマータをこれだけ大量に挿入しておきながら、一方でノーノはずいぶん細かくメトロノーム記号を書き込んでもいるものなんだなと感心しつつ、1976年の... sofferte onde serene ... から1989年のHay que camin…

断ち切られない歌 中篇の下 7/16

海の時間のまま、つづき 後期第3期:Dopo Prometeo A Carlo Scarpa, architetto, ai suoi infiniti possibili (1984) Omaggio a György Kurtág (1983/86) A Pierre. Dell'azzurro silenzio, inquietum (1985) Risonanze erranti. Liederzyklus a Massimo Ca…

断ち切られない歌 中篇の下 8/16

ジョルダーノ・ブルーノの30 ノーノが明らかな意図をもって選択している30という数が、ジョルダーノ・ブルーノの符丁を兼ねているというのは本当のことだろうか? 「ブルーノは30という数字に取り憑かれている」とフランセス・イエイツは言う。 ブルーノは三…

断ち切られない歌 中篇の下 9/16

マンフレッドの152 「私の音楽は空間とともに書かれるものである」 *1 と言うノーノは、その言葉のとおり、1984年ヴェネツィア、サン・ロレンツォ教会でのPrometeo初演につづく翌85年のミラノでの再演にあたって、ミラノの演奏会場(Ansaldoという重機製造会…

断ち切られない歌 中篇の下 10/16

「ブルーノ・ノーノの海」縁起 あれはもともと、壁に書かれた落書きであった。1987年3月、Enzo Restagnoを聞き役にとり行われた長いインタビューの中でノーノが約2年前にトレドの修道院の壁に見たその言葉、Caminantes no hay caminos hay que caminarの意…

断ち切られない歌 中篇の下 11/16

「ブルーノ=ノーノの海」縁起、つづき 第四層 Caminantes no hay caminos hay que caminar 長女のSilviaさんとともに行ったスペイン旅行の途次に立ち寄ったトレドの修道院 Monasterio de San Juan de los Reyes の壁にノーノが例の言葉、Caminantes no hay …

断ち切られない歌 中篇の下 12/16

陸から海へ:scomposizioneによる島ルート、つづき ■ 群島の眺め: Fragmente - Stille, An Diotima (1980) - スコア第1頁 Fragmenteの譜面はいわば二ヶ国語で書かれている。音に固体のような確たる形を与える効果をもつ陸の言語と、音に液体のような絶えざ…

断ち切られない歌 中篇の下 13/16

陸から海へ:subversionによる穴ルート この世には2種類の断片が存在する。島と穴だ。たとえば、トウシマコケギンポが低潮線直下の水の流れが乱流をなしているような荒磯に、イワアナコケギンポが同じく水の流れが層流をなしているやや波の穏やかな磯に住み…

断ち切られない歌 中篇の下 14/16

無限性検査 ノーノの作品世界において30が青色だというのは、単純な比較から導き出される結論である。 ■たくさんの小さな穴をとおして、ひとつの同じ海を見つめている。 青い海 そのひとつの海の上に、浮島のように、船のように点在する、二十いくつかの小片…

断ち切られない歌 中篇の下 15/16

阿呆船 ムージルについてやや詳しく述べてきたのは、ノーノの世界観をムージルの世界観と比較するためである。 例によって、1987年春ベルリンの、Enzo Restagnoロング・インタビューのひとこま。「貴方が憎んでいるものはなんですか?貴方にとって抑圧とは、…

断ち切られない歌 中篇の下 16/16

遠い音 再びPrometeoのIsola Primaの譜面に目を向けてみよう。Isola Primaはノーノ的世界観の忠実な反映である。併存する二つの世界――この日常の陸と、あの別の海。阿呆船は下層に延々とつづく弦楽三重奏の大海原を渉っていく。その上に聳え立つオーケストラ…

断ち切られない歌 中篇の上 1/9

こだま、海の歌(承前) 塩分を含んだ水の巨大な量(マッス)が何億年もかけて作りあげた混沌と秩序、それを一瞬のうちに「海」と言い切ってあとに残された海と同じ大きさの空虚を私たちは水や魚や貝や海胆という言葉で少しずつ満たしてゆく以外に方法はない…

断ち切られない歌 中篇の上 2/9

怪物の棲む海への小旅行、のつづき D ライヴ・エレクトロニクス ここまでの内容は、Guai ai gelidi mostriの海に関するまだ7割ていどの説明でしかない。以上の三要素にさらにライヴ・エレクトロニクスが加わるのである。 なんでもかんでもアップロードされ…

断ち切られない歌 中篇の上 3/9

ジュデッカ運河モデル ノーノが「魔術」だと評した、水の上の音の変容劇。その中心的な演出家は海面による音の反射である。 海面で起こる反射とは要するに、陸から流れてきた音を海が拒絶することである。空中から水中へと透過する音の割合は、だいたい1/100…

断ち切られない歌 中篇の上 4/9

カッチャーリの海 ノーノとカッチャーリの美学の差異がもっとも顕著に表れるのはこの点に関してである。Prometeoをはじめとする後期5作品の共同制作者である二人の関係性は、Prometeoとその関連作品について論じる際の主たるテーマなので、筋道だった議論は…

断ち切られない歌 中篇の上 5/9

モデルケース 先にみた「ジュデッカ運河モデル」による音の海の形成過程をおさらいしてみよう。 音の島から音が流れ出し、 沈黙の海の海面ではね返されて拡散反射し、 音が沈黙の海のうえで混ざり合い融け合い、水のような性質を帯びた「別の音」になり、 沈…

断ち切られない歌 中篇の上 6/9

リフレクション そう、結局はこの場所に戻ってくるのだ。ジュデッカ運河――ノーノが抱いているあらゆる空間的イメージの源泉となる「母空間」である。 その空間は、 内側の空間(spazio interno)と、それを取り巻く外側の空間(spazio esterno)とからなる。…

断ち切られない歌 中篇の上 7/9

時間の海 反射という現象がもついくつかの側面をこれまでとりあげてきた。 やって来た音をはねかえす作用 やって来た音をまぜかえす作用 リフレクション=記憶の過程との親和性 だが結局これらすべては、反射の本質を射抜くたったひとつの単語によって要約す…

断ち切られない歌 中篇の上 8/9

母子の肖像 ところで、ノーノはいつも発言のなかでエコーとリバーブを使い分けているようだが、この両者はそれではどう異なるのかというと、エコーは日本語の反響、リバーブは残響に相当し、どちらも音の反射によって生じる現象で原理は同じであるが、前者は…

断ち切られない歌 中篇の上 9/9

流れ去るもの、固定されたもの、漂うもの sospesoやsospensioneの語を、ここまでに特に断りなく「浮かぶ」だとか「漂う」の意味で読んできた。「音が漂う」とはしかしどういうことだろうか?御存知のとおり、音は標準的な大気中を秒速約340m、時速にすれば1…

断ち切られない歌(ブルーノーノ 第二部) 前篇 1/8

まえおき:ノーノと二つの音の世界 + 連続性感覚 1 話のとっかかりとしてまず、コントラバス奏者のStefano Scodanibbioによるノーノの思い出話を読んでみよう。 ……そしてarco mobileという運弓の技術も産み出され、Gigi † はそれをPrometeoのスコアで不滅の…

断ち切られない歌 前篇 2/8

一度めの脱線:漂泊者と連続性 よい連続性とわるい連続性。それを海の連続性と陸の連続性と呼ぶこともできるだろう。 二枚の絵がある。左側は陸上の光景だ。道と、そうではない領域との截然たる区別。あらかじめ定められた遠くの目的地に向かって続いていく…

断ち切られない歌 前篇 3/8

4 これまで述べてきた二つの音の世界にほぼ対応する事例を、ノーノは音楽の歴史のなかにもみいだしている。それが シナゴーグの歌(より一般的にはユダヤの音楽) グレゴリオ聖歌(より一般的には西欧の音楽) の対である。80年代のノーノはこの話題にしょっ…

断ち切られない歌 前篇 4/8

二度めの脱線:感情と連続性 その1 ブルーノの感情論 相反する複数の感情の「同時的な」生起というノーノの立脚点は、ブルーノの「感情論」の大前提とじじつまったく同じものだ。『ジョルダーノ・ブルーノの哲学』の岡本源太曰く、「苦しみがなければ楽しみ…

断ち切られない歌 前篇 5/8

二度めの脱線:感情と連続性(承前) 1987年に出版されたノーノの談話、 Bellini: Un sicilien au carrefour des cultures méditerranéennes そのなかでノーノは、ベッリーニは歌を「自然な抑揚で流れるように」したのだという先の批評の意味するところをこ…

断ち切られない歌 前篇 6/8

Risonanze erranti. Liederzyklus a Massimo Cacciari 1985年9月のPrometeo決定版初演をもって、カッチャーリとのほぼ10年にわたる共同制作の関係――これは端的に言えば、カッチャーリがテキストを編纂し、それをノーノが音楽化するという関係である――に区切…

断ち切られない歌 前篇 7/8

うわべ 寡黙な音楽――それがRisonanze errantiの第一印象である。 Time and again the sharp strokes of the bongos, the gentle sounds of the crotales and the mysterious Sardinian bells seem to vanish into broad expanses and long pauses between fr…

断ち切られない歌 前篇 8/8

ノーノとユンガー Risonanze errantiの声にみられる母音と子音の取り扱いには、ユンガーの『母音頌』と共鳴する要素が少なからず認められる。ひょっとしたらノーノは『母音頌』を読んだことがあるのではないだろうか、とかねがね私は思っていた。Fondazione …

第一の脊索 1/1

■ 『脊索』は、「後期の初期」に属する三作品をテーマとするが、その周りに別の肉もくっついた結果、5つのパートに肥大化を遂げた。 1 第一の脊索 I turcs tal Friúlは、Fondazione Archivio Luigi Nonoの作品リストでは... sofferte onde serene ...とCon…

第二の脊索 1/3

ノーノはピアノをめったに使わない。最初期の Variazioni canoniche sulla serie dell'op. 41 di Arnold Schoenberg (1950) Polifonica - Monodia - Ritmica (1951) Composizione per orchestra [n. 1] (1951) では、ところどころでピアノの音が控えめに鳴っ…

第二の脊索 2/3

水の音 ノーノのインタビューのつづきを読んでみよう。 不思議なことに、ポリーニの音をこうして操作していくなかで、古いヴェネツィアの記憶が不意に思い浮かびました。サン・マルコ寺院の楽派の昔ながらの音の共鳴、そして、光と街の色彩のなかで理想的な…

第二の脊索 3/3

ジュデッカ運河 ザッテレで生を享け、ジュデッカ島を生活の場とし、再びザッテレで生涯を閉じたノーノにとって、ザッテレとジュデッカ島とのあいだに横たわるジュデッカ運河こそは、まさしく「故郷の海」と呼ぶにふさわしい場所であった。ジュデッカ運河を抜…

ジュデッカ運河 1/2

まず基本的な事柄から。Omaggio a György Kurtágは、1979年にOmaggio a Luigi Nonoというアカペラ合唱曲を書いた作曲家György Kurtágへの返歌として、1983年6月10日にフィレンツェで初演された、アルト独唱、フルート、クラリネット、チューバのための音楽で…

ジュデッカ運河 2/2

ジュデッカ運河の空隙を充たすライヴ・エレクトロニクスの音響は、一般的に次のような機序をとおして発現される。 記銘 まず第一に注目すべき点として、この作品では四人の奏者の演奏音が5つのマイクロフォンで捕捉されるが(フルートのみは歌口と管の末端…

Un unico suono 1/5

Con un suono, si può lavorare forse un’ora. ―― 「ひとつの音でおそらく一時間は作業ができます」 *1 Luigi NonoとMary Jane West-Eberhardの収斂進化 Omaggio a György Kurtágのハラフォンは、一つの音を、3種類の異なる空間的運動へと分化させる。... s…