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アンキアライン

ルイジ・ノーノの音楽(主として後期作品)について

第二の脊索 2/3

水の音

ノーノのインタビューのつづきを読んでみよう。

不思議なことに、ポリーニの音をこうして操作していくなかで、古いヴェネツィアの記憶が不意に思い浮かびました。サン・マルコ寺院の楽派の昔ながらの音の共鳴、そして、光と街の色彩のなかで理想的な反響音を響かせるラグーナ。これらの魔術的な効果を得るため、私はときどきアタックのカットを行ってみました。すると音は、ある種の無時間的な共鳴のようなものとして現れてきました。 [……] それは風の音を聞くようなものです。なにか渉っていくものの音が聞こえる。だがそのはじまりを、終わりを聞きとることはできない。感じるのはひとつの連続性です。遠さの、存在の、名状しがたい本質の、連続。 *1

このくだりからは、ノーノが80年代に没頭していったライヴ・エレクトロニクスで、主にどのような音をつくろうとしていたかを読みとることができる。ここで喚び起こされているのは、ノーノの故郷ヴェネツィアの音の記憶だ。

 

ノーノがヴェネツィアの音を語るときには、大別してふた通りの音が参照される。ひとつは屋内で鳴る音、もう一方は屋外の音。このうち前者については、ノーノの奥さんのヌリア・シェーンベルク=ノーノに説明してもらうことにしよう。

(Prometeoの構想がどこに淵源するかをしるためには)彼の若い頃に、実際彼の少年時代の、ヴェネツィアの大聖堂、サン・マルコ寺院での体験にまで遡らなくてはなりません。そこで彼は(ジョバンニ・)ガブリエリの複合唱を、礼拝に集まった聴衆を完全に取り巻いて、頭上から、別のあらゆる方向から聞こえてくる音楽を、夢みていたのでした。私がはじめて彼とともにヴェネツィアにいた時のことを覚えています。彼は私をサン・マルコ寺院に連れていき、このことを説明してくれました。彼はこう言っていました、ほら見てごらん、音楽がここから、そこから、そこらじゅうから聞こえてきたんだ――それと同じようなことを実現することこそが、彼の夢だったのです。 *2

今ここで詳しくとりあげたいのは、もう一つの、戸外の音のほうである。ノーノ自身がさまざまな機会に披露しているヴェネツィアの音風景の描像。それらを列記してみると、そこに一定の傾向をみてとることができる。

 

・... sofferte onde serene ...に寄せた文章より

ヴェネツィアのジュデッカにある私の家には、様々に打ち鳴らされ、いろいろなことを告げる、種々の鐘の音が、昼となく夜となく、あるいは霧の中を通って、あるいは日の光と共に、絶え間なく聞こえてくる。それらはラグーナの上の、海の上の、生のシグナルである。 *3

・カッチャーリとの対話より

鐘の音がさまざまな方向に拡散していきます――あるものは重なり合い、運河に沿って水により運ばれていく、別のものはほとんど完全に消えてしまう、また別のものは、ラグーナや街のほかのシグナルと、さまざまなかたちで混ざり合います。 *4

・ベルリンとヴェネツィアの音環境を比較して

ヴェネツィアでは)もっと高い音のスペクトラムを感じます――リバーブによって、鐘同士のエコーによって、別の音によって、またそれらの音が水の上を伝播していくことによって。 *5

フライブルクの黒い森の音響空間やベッリーニの歌曲について語るなかで

ヴェネツィアと同様に、そこでは音にエコーが、リバーブがあり、音がどこではじまり、どこで終わるのかを知ることができません。 *6

・1985年の講演より

鐘楼から何かの古い宗教的なシグナル(晩課やお告げの祈り)が打ち鳴らされる、するとそれらの音にリバーブが、エコーが重なりあい、どの鐘楼から真っ先に音が届いたのか、水の反射面の上をあらゆる方向に四散する音の交錯が、どのように、どこで密になるのか、もはや分からなくなります。 *7

 

第一に指摘したいのは、これらの発言のなかに「水(あるいはラグーナ、海、運河)」という言葉が頻出する点である。ヴェネツィアの音といっても、具体的にどこの音を指しているのか。ノーノは主として島(陸)と島とのあいだの空隙で鳴っている音について語っているのだ。「群島」という比喩はだからなるべく字義どおりに受け取るべきなのだろう。音の島と沈黙の海というとき、沈黙はなにか海のような物質的な手触りをもつものとして想像されなくてはならない。azzurro silenzio、蒼い沈黙とノーノは言っている。ノーノの沈黙は、白紙のような空白でもなければ、空気のように透明でもない。島と島のあいだを水が充たしているように、断片化された音と音のあいだでは、それらの「陸の音」とはまた性格の異なる、水の世界に固有の音がざわめいている。これは、カッチャーリがヴェーベルンの「短さと絶対的な明晰さの原理」 *8 について論じるなかで用いた「完全な静けさ」という形容からは明らかに異質な沈黙の様態――いうなればsilence full of soundsである。

 

それでは「水」は音に対してどのような作用を及ぼすのか。水はその上を音が動いていく媒体である。また水は反射面でもある。島から、あるいは水に浮かぶ陸の断片であるところの船から流れ出した音は、水の上を渉っていき、水面に反射して四散し、なかぞらで重なり合い、混淆していく。島と島のあいだの空間は、したがって、エコーやリバーブの卓越する音響空間である。そこで鳴る音につきまとう不分明さをノーノはさかんに口にしている。どこから音が届いたのかがよく分からない。空間的にも時間的にも、どこで音がはじまり、どこで音が尽きたのかがはっきりしない。水の領域で鳴り響く音は、結局それ自体が水のような性質を帯びてくるのだといえる。水のように空間を流動し、水のように融けあい、水のように不定形で、水のように連続的な音響。五線譜の上に音符で書き表すのには明らかに不向きなこうした性格の音を音楽のなかで再現する予備的な試みが... sofferte onde serene ...のテープ、そしてより本格的な取り組みがのちのライヴ・エレクトロニクスだったのではないだろうか。

 

ザッテレ―ジュデッカ―ザッテレ

ノーノといえば自他共に認めるヴェネツィアの作曲家であるが、一口にヴェネツィアと言っても もちろんそこにはさまざまな場所があり、場所ごとにさまざまな顔がある。ザッテレとジュデッカという二つの地名に縁取られたノーノの生活圏はじつのところ、多くの人が漠然と思い抱く典型的なヴェネツィア像とは若干毛色の異なる、かなり個性的な環境に属しているといってよいのではないかと思う。

 

ノーノが生まれた家は今もまだ残っており、正面の壁には

LUIGI NONO

MAESTRO DI SUONI E SILENZI 音と沈黙のマエストロ

IN QUESTA CASA NACQUE E MORI この家で生まれそして死す

1924-1990

と書かれたプレートが掲げられている(英語版やイタリア語版WikipediaのLuigi Nonoの項には、拡大するとプレートの文字まではっきり読みとれるような、家の外観の超巨大画像が貼られている)。この家が佇っているのは、ヴェネツィア本島の南に位置するザッテレの岸辺である。玄関を出て、わりと広いフォンダメンタを一本挟んだそのすぐ向こうに海のひろがる家。満ち潮時に大型船が航行すると、船の引き波が岸壁を乗り越えてきて家の前の舗道を濡らし、アックア・アルタともなれば、海が文字どおり「部屋のなかに入りこんでくる」、そんなsomething of the salt seaに染めあげられた家が、ノーノの生家であった。

 

南に面したザッテレの岸辺は一年をとおして光に満ち溢れた空間である。家から一歩外に出た途端眼に飛び込んでくる、幾艘もの船を泛かべて陽光に燦く海の眺めは、忘れえぬ鮮烈な印象を幼い日のノーノに残したことだろう。いっぽうで、観光客で賑わうザッテレの界隈が、作曲のような仕事をするのにあまりふさわしくない環境だったろうことも想像に難くない。作曲家になったノーノがヌリア夫人と暮らしていたのはザッテレからジュデッカ運河を隔てた対岸にあるジュデッカ島の家 であった。ジュデッカ島は本島と打って変わって観光客もあまり訪れない落ち着いた雰囲気の島で、特に島の南側には造船業や手工業などの工業地区が一時期発達していた。その一角に、ノーノも作曲の「工房」を構えていたわけである。

 

ジュデッカ島の家は具体的に島のどこにあったのかという件について。ノーノが1960年ごろに出した手紙には、Giudecca 882というアドレスが書かれている。この家は現在、次女で画家のSerena (Bastiana) さんの自宅兼仕事場として引き継がれているとのことだが、調べてみると、Serena Nonoのアトリエの住所もGiudecca 882である。イタリアの住所表記の変遷について私はなにも知らないけれども、ふつうに考えてこれは、50年前から現在まで地番に変更がないという解釈でよいのではないかと思う。それではGiudecca 882はどこを指しているかというと、レデントーレ教会から島の北岸に沿った道を100mほど西に行った地点から南へ向けて伸びているCalle San Giacomoをずっと進んでいったどんづまりの東側、島の南岸から50m弱の場所である。

*1:Un'autobiografia dell'autore raccontata da Enzo Restagno (1987), p. 57

*2:Nuria Schönberg-Nono and Tom Service (2009). Prometeo: Musical Space Design, Venice and Milan. [link]

*3:イタリア語原文はFondazione Archivio Luigi Nonoの作品リスト中に掲載されている。Deutsche Grammophon日本盤CD解説中の日本語訳(庄野進訳)を一部改変。

*4:Conversazione tra Luigi Nono e Massimo Cacciari raccolta da Michele Bertaggia (1984).

*5:Un'autobiografia dell'autore raccontata da Enzo Restagno (1987), p. 70

*6:Luigi Nono and Philippe Albèra (1987). Conversazione con Luigi Nono. [pdf]

*7:Luigi Nono (1985) Altre possibilità di ascolto.

*8:マッシモ・カッチャーリ『死後に生きる者たち』、上村忠男訳、みすず書房、258頁

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