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アンキアライン

ルイジ・ノーノの音楽(主として後期作品)について

断ち切られない歌 中篇の下 8/16

ジョルダーノ・ブルーノの30

ノーノが明らかな意図をもって選択している30という数が、ジョルダーノ・ブルーノの符丁を兼ねているというのは本当のことだろうか?

 

「ブルーノは30という数字に取り憑かれている」とフランセス・イエイツは言う。

ブルーノは三十という数字に取り憑かれている。これは『影』における基本的な数字であるばかりでなく、『秘印』には三十の印があり、『像』には三十の像、ダイモンとの結合を成立させる方法に関する著作では、三十の「結合要素」がでてくる。 *1

 ※『影』『秘印』『像』はいずれもブルーノの著作の略称

 

ノーノの蔵書に含まれるジョルダーノ・ブルーノ関連書籍7冊の内訳をみれば、ブルーノにまつわるこの事実をノーノが知っていた可能性はかなり高いとみてよさそうだ。

1 De la causa, principio e uno 『原因・原理・一者について』 *2
著者:Giordano Bruno 出版年:1985 出版社 Mursia
備考:最初のページに Venezia 7-8-85 の書き込みあり *3
2 De magia; De vinculs in genera 『呪術について』『紐帯一般について』 *4
著者:Giordano Bruno 出版年:1986 出版社:Biblioteca dell'immagine
備考:
3 Spaccio de la bestia trionfante 『傲れる野獣の追放』 *5
著者:Giordano Bruno 出版年:1985 出版社:Rizzoli
備考:
4 Giordano Bruno e la tradizione ermetica 『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統』 *6
著者:Frances Yates 出版年:1961 出版社:Laterza
備考:
5 L'arte della memoria 『記憶術』 *7
著者:Frances Yates 出版年:1972 出版社:Einaudi
備考:
6 Lull and Bruno *8
著者:Frances Yates 出版年:1982 出版社:Routledge & Kegan
備考:London 10-82 の書き込みあり *9
7 Antropologia e civilta nel pensiero di Giordano Bruno *10
著者:Papi Fulvio 出版年:1968 出版社:La Nuova Italia
備考:

ブルーノ自身の著作が3冊、ブルーノの研究書が4冊。後者のうち3冊はイエイツの著書である。イエイツの『記憶術』全17章のうち、ブルーノを主題とする4つの章は、その過半がブルーノの「30を基数とする魔術的な記憶術体系」の解読にあてられている。かの大著『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統』のなかでもブルーノの30に関して、脚注も含めて6箇所で記述がある。*11 ノーノがイエイツの本を読んだその時点で、30という数はジョルダーノ・ブルーノの不動の背番号の地位をノーノの意識のなかに確立していただろうと想像できる。

 

ノーノが書いた文章ないしは談話、講演のなかにブルーノの名が出てくるのはかなり遅くなってからのことで、1979年11月のCon Luigi Dallapiccola初演時のプログラムノートでひとことだけ言及しているのが初出である。蔵書リストからもうかがわれるとおり、ノーノはブルーノの古くからの熱心な読者というわけではなかったようだ。

 

「天使すぎるアイドル」といえば、言わずと知れた橋本環奈のキャッチコピーであるが、「自覚なきブルーノ主義者」といえば、ブルーノの生まれ変わりのようなことを、ブルーノのブの字も出さずにしょっちゅう口にしているノーノのために私がつけた、私以外誰も知る人のいないノーノのキャッチコピーである。ブルーノとノーノの思想の類似点をこれまでにいくつか指摘してきたが――

  • 無限なるものの終りなき探究というモットー
  • 感情についての考え方
  • 死生観

――特筆すべきことにそのいずれのケースでも、ノーノはブルーノを参照する素振りをこれっぽっちもみせることなく持論を述べている。たとえば、「相反する複数の感情の同時的な生起」という、ブルーノとの近接いちじるしい論点を、エドモン・ジャベスから受けた啓示だと言って話しているといった具合に。 *12 ノーノの思想との共通性がもっとも色濃く顕れているブルーノの『英雄的狂気』を、ノーノが直接読んだ形跡も見受けられない。ノーノの中に息づいているブルーノ的精神は、本人がまったく意識していないさまざまな場面で、知らず知らずのうちに自然と滲み出てくるような性質のものなのだ。ノーノのブルーノ性はもともとノーノに具わっていた資質だったか、あるいはノーノが本当にブルーノの生まれ変わりだったかのどちらかである。後者であれば、ブルーノの本はノーノが四百年くらい前に自分で書いたものなわけだから、内容はすべて記憶の引き出しに収まっていて、今更改めて本屋で買うまでのこともなかったのかもしれない。

 

Con Luigi Dallapiccolaのプログラムノートでノーノがブルーノについて初めてふれた1979年末頃、自覚なきブルーノ主義者の関心を自覚的にブルーノへと向けさせるなんらかのきっかけがあったようだ。例によってそれはカッチャーリの影響によるものだと仄めかしている資料もある。「…ノーノの作品における新しいテキストの選択、そこでは友人であるマッシモ・カッチャーリの影響が明らかだ。ヘルダーリンリルケムージルユダヤ神秘主義ベンヤミン、ジャベス、ジョルダーノ・ブルーノ、ニーチェギリシャ神話と悲劇の思想」。 *13 いずれにせよほぼ確かなのは、ノーノがブルーノ入門のためにまず目をとおした本が、ブルーノによって書かれた本ではなく、ブルーノについて書かれた、主にイエイツによる本だったということである。ノーノが所有している7冊のブルーノ本のうち、ノーノの書き込みによって本の取得時期を特定できるのはブルーノの『原因・原理・一者について』(1985年8月)とイエイツのLull and Bruno(1982年10月)の2冊だけだが、ブルーノ著の3冊は出版年が1985年もしくは86年であるから、ノーノがこれらの本を手にしたのは当然それ以降ということになる。いっぽう、1981年か82年に書かれたと推定されているノーノの備忘録のなかには、イエイツの『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統』の内容に関する覚え書きが既に含まれている。 *14 イエイツの没後すぐの1982年に刊行された拾遺文集的な本であるLull and Brunoより先に、ノーノがイエイツの代表作をイタリア語訳で読んでいた、というのはごく自然な物の順序である。以上の断片的な情報を繋ぎ合わせると、ノーノがイエイツの本を介して30とブルーノのつながりを知ったとしたらそれがいつ頃のことだったかの見当もおおよそついてくるが、ノーノの譜面上に30のメトロノーム記号が現れはじめる時期は、たしかにそれとほぼ符合している(Frgmente - Stille, An Diotimaの作曲期間――1979年7月から1980年1月と楽譜の最後に記されている――までにノーノがイエイツのブルーノ本を読んでいたかどうかが分かるとよいのだが、今ある資料だけでそこまでの年代推定は難しい)。

*

ブルーノにとって30とは具体的にどういう意味をもつ数だったのだろうか。イエイツはこう言っている。

私の知る限り、彼が自分の著作で「三十」の使用について触れたのは『ルルの術の建築的概要』(De compendiosa architectura artis Lullii) においてであり、この著作は『影』や『キルケ』と同年にパリで出版されている。そこでブルーノは<善>、<偉大>そして <真実> といったルルの <神の品格> を列挙したのち、これらをカバラの <セフィロト> へ融合させていく。

 

これらすべてを [すなわちルルの <神の品格> を] ユダヤカバラ主義者たちは十に減らしたが、われわれは三十に…… 

 

このようにブルーノは、自らの術が基盤としている「三十」がルルの <神の品格> であり、しかも、<セフィロト> としてカバラ主義化されたものであると考えている。彼はこの箇所で、キリスト教的、三位一体論的に <術> を用いるルルを退けているのだ。彼の語るところによれば、<神の品格> は神聖四文字(the Tetragrammaton)にこよなく表されており、この四文字をカバラ主義者は四つの基本方位に融合させ、さらにそれを連続的な増殖によって、宇宙全体へと融合させるのだという。

なぜ彼がこの前提から「三十」にたどりつくのかは定かでないが、この数はとりわけ魔術と深い関連性があったらしい。……(以下、30の魔術的性格を伝える歴史的資料の紹介がつづく) *15

 

 イエイツによるブルーノの引用はえらく半端なところで切れているようにみえてどうにも続きが気になるので、英訳版の該当箇所を参照してみた。Which the Jewish Cabalists reduce to and clothe in ten Sephiroth, and we to thirty, though numbering them is not the same as explaining them. *16 なるほどたしかに省略しても構わないような、ちょっとした補足がくっついているだけであった。

ブルーノ本人がはっきりした説明をしているわけではないが、彼の象徴的な数体系のなかで30という数は、カバラ主義者にとってのセフィロトの10に匹敵する重要な位置を占める数であったらしい。

 

その神的にして魔術的な基数30が、ブルーノとその思想を象徴する数として、ノーノの音楽のメトロノーム記号に取り込まれている――この推論が依拠しているのは、客観的な速度表示の機能を担うべく無菌化された量的な数の群れのなかに、具象的イメージで色づけされた質的な数が混入することがあり得るという一般的な前提である。実際にそういうことが起きていることを示すたしかな証拠がPrometeoの中にある。30の反対の極にあって、Prometeoのなかでもっとも速いテンポを指定している152という数がそれである。

*1:フランセス・イエイツ『記憶術』、玉泉八州男監訳、水声社、247~248頁

*2:http://www.luiginono.it/it/node/13192

*3:http://www.luiginono.it/it/node/20464

*4:http://www.luiginono.it/it/node/11386

*5:http://www.luiginono.it/it/node/12689

*6:http://www.luiginono.it/it/node/9934

*7:http://www.luiginono.it/it/node/9652

*8:http://www.luiginono.it/it/node/8312

*9:Christina Dollinger (2012). Unendlicher raum - zeitloser Augenblick: Luigi Nono: >>Das atmende Klarsein<< und >>1° Caminantes.....Ayacucho<<. Saarbrücken: Pfau, p. 100.

*10:http://www.luiginono.it/it/node/10050

*11:イエイツ『ジョルダーノ・ブルーノとヘルメス教の伝統』、前野佳彦訳、工作舎、288、293~294、308、399、451~453、711~712頁

*12:Un'autobiografia dell'autore raccontata da Enzo Restagno (1987), p. 52-53.

*13:Angela Ida De Benedictis & Veniero Rizzardi (2007). Introduzione. In: Nono, L., La nostalgia del futuro. Scritti scelti 1948-1986. Milano: il Saggiatore: 9-25, p. 16.

*14:http://www.luiginono.it/it/node/21074

*15:イエイツ『記憶術』、248頁

*16:Giordano Bruno (2015). Four works on Llull (Translation and Introduction by: Scott Gosnell). Huginn, Munnin & Co., p. 49.