アンキアライン

ルイジ・ノーノの音楽(主として後期作品)について

2013-10-16から1日間の記事一覧

第一の脊索 1/1

■ 『脊索』は、「後期の初期」に属する三作品をテーマとするが、その周りに別の肉もくっついた結果、5つのパートに肥大化を遂げた。 1 第一の脊索 I turcs tal Friúlは、Fondazione Archivio Luigi Nonoの作品リストでは... sofferte onde serene ...とCon…

第二の脊索 1/3

ノーノはピアノをめったに使わない。最初期の Variazioni canoniche sulla serie dell'op. 41 di Arnold Schoenberg (1950) Polifonica - Monodia - Ritmica (1951) Composizione per orchestra [n. 1] (1951) では、ところどころでピアノの音が控えめに鳴っ…

第二の脊索 2/3

水の音 ノーノのインタビューのつづきを読んでみよう。 不思議なことに、ポリーニの音をこうして操作していくなかで、古いヴェネツィアの記憶が不意に思い浮かびました。サン・マルコ寺院の楽派の昔ながらの音の共鳴、そして、光と街の色彩のなかで理想的な…

第二の脊索 3/3

ジュデッカ運河 ザッテレで生を享け、ジュデッカ島を生活の場とし、再びザッテレで生涯を閉じたノーノにとって、ザッテレとジュデッカ島とのあいだに横たわるジュデッカ運河こそは、まさしく「故郷の海」と呼ぶにふさわしい場所であった。ジュデッカ運河を抜…

ジュデッカ運河 1/2

まず基本的な事柄から。Omaggio a György Kurtágは、1979年にOmaggio a Luigi Nonoというアカペラ合唱曲を書いた作曲家György Kurtágへの返歌として、1983年6月10日にフィレンツェで初演された、アルト独唱、フルート、クラリネット、チューバのための音楽で…

ジュデッカ運河 2/2

ジュデッカ運河の空隙を充たすライヴ・エレクトロニクスの音響は、一般的に次のような機序をとおして発現される。 記銘 まず第一に注目すべき点として、この作品では四人の奏者の演奏音が5つのマイクロフォンで捕捉されるが(フルートのみは歌口と管の末端…

Un unico suono 1/5

Con un suono, si può lavorare forse un’ora. ―― 「ひとつの音でおそらく一時間は作業ができます」 *1 Luigi NonoとMary Jane West-Eberhardの収斂進化 Omaggio a György Kurtágのハラフォンは、一つの音を、3種類の異なる空間的運動へと分化させる。... s…

Un unico suono 2/5

この項はノーノではなく丸ごと進化生物学の話である West-Eberhardがよく言っているように、表現型可塑性は、進化生物学の舞台でかなり長いこと陽の当たらない場所に逐いやられていた不遇の演者であった。 作曲家にすら影響を与えるくらいであるから、DNA二…

Un unico suono 3/5

ノーノ風ゲノミクス Archivio Luigi Nonoが保管しているノーノのスケッチや創作メモをもとに、ノーノの作曲のプロセスを復元しようという試みがこれまでにいくつも行われている。それらを見ていて感じるのは、音やリズムの配列をつくり、それをいろいろに並…

Un unico suono 4/5

2° No hay caminos, hay que caminar.....Andrej Tarkowskij 1987年11月28日に東京はサントリーホールにて初演されたNo hay caminos, hay que caminar.....Andrej Tarkowskijは、御存知のとおり全篇がG音というun unico suonoでつくられた音楽である(un un…

Un unico suono 5/5

音の質 後期のノーノは、音の「質」ということをさかんに口にするようになる。「Qualità, non quantità――量ではなく質」。 *1 「量よりも質」などという台詞は、世界じゅうで合算すれば一日あたり千人以上の人が言っていそうなくらいの陳腐な紋切型に聞こえ…

第三の脊索 1/3

ノーノは音楽を志した最初期の頃から、シェーンベルクやヴェーベルンと並んでダラピッコラのスコアに学び、また、1946年か47年にダラピッコラがマリピエロとともにヴェネツィアのサン・マルコ寺院へと立ち寄った折にあいさつに出向いて以来、長きに亘る親交…

第三の脊索 2/3

破壊的作曲法 作品全体がfa-mi-do#の三音で構成されているとはいっても、Con Luigi Dallapiccolaは打楽器アンサンブルのための音楽なので、使用されている楽器のうち、五線譜上に書き表せるような定まった音高をもつものは限られている。ピッチの正確さとい…

第三の脊索 3/3

水浸しの闇 さてここでちょっとスズメのことを思い浮かべてみましょう。スズメという鳥は、少なくとも東アジアに住んでいる人であれば、おそらく誰の記憶のなかにも住みついている鳥である。 「スズメって鳥を知ってますか?」 「当たり前だよ」 「そうです…