アンキアライン

ルイジ・ノーノの音楽(主として後期作品)について

2016-01-15から1日間の記事一覧

断ち切られない歌 中篇の下 1/16

こだま、海の歌(承前) まえおき さて、この先の航海は、一個の音楽作品を取り巻く外側の世界を意識することで その存在が仄めかされてくるより広大な海原へと舵を取り進められていくことになる。 すなわち、「音楽のなかにひろがる海」から、「個々の作品…

断ち切られない歌 中篇の下 2/16

第2日 1956年 Il canto sospesoの海 第2楽章のアカペラ合唱の歌詞のなかの、 (Per) esso sono morti millioni di uomini それ(のために)何百万人もの人が死んだ ※原文のPerは歌では省略されている という一節を、構成要素の母音に注目して吟味すると、中…

断ち切られない歌 中篇の下 3/16

遠足からの帰宅後 改めて新旧の海のレシピを見比べてみよう。 A 1950年代 前提:あらゆる言葉には水分(=母音)が潜在している。単語(a word)の解体による水(母音)の抽出。取り出した水を、五線譜上で音符をつかって平らに引き伸ばし、海の似姿をつく…

断ち切られない歌 中篇の下 4/16

プロメテオのさいはて、つづき senza fine Tristanに関するノーノの主な発言は二種類の文献にまたがっている。ひとつは先ほどマーラーのところでも出てきたカッチャーリとの対談で、もう一つは例の自伝的インタビューである。 Enzo Restagnoによる自伝的イン…

断ち切られない歌 中篇の下 5/16

穴、つづき 知覚的補完は視覚だけでなく聴覚においても生じる現象で、その代表例が連続聴効果(continuity illusion)と呼ばれるものである。百見は一聞にしかずで、アレコレ説明するより実際に聞いてみたほうがはやい。 http://www.kecl.ntt.co.jp/Illusion…

断ち切られない歌 中篇の下 6/16

海の時間のまま 時の流速を有耶無耶にさせるフェルマータをこれだけ大量に挿入しておきながら、一方でノーノはずいぶん細かくメトロノーム記号を書き込んでもいるものなんだなと感心しつつ、1976年の... sofferte onde serene ... から1989年のHay que camin…

断ち切られない歌 中篇の下 7/16

海の時間のまま、つづき 後期第3期:Dopo Prometeo A Carlo Scarpa, architetto, ai suoi infiniti possibili (1984) Omaggio a György Kurtág (1983/86) A Pierre. Dell'azzurro silenzio, inquietum (1985) Risonanze erranti. Liederzyklus a Massimo Ca…

断ち切られない歌 中篇の下 8/16

ジョルダーノ・ブルーノの30 ノーノが明らかな意図をもって選択している30という数が、ジョルダーノ・ブルーノの符丁を兼ねているというのは本当のことだろうか? 「ブルーノは30という数字に取り憑かれている」とフランセス・イエイツは言う。 ブルーノは三…

断ち切られない歌 中篇の下 9/16

マンフレッドの152 「私の音楽は空間とともに書かれるものである」 *1 と言うノーノは、その言葉のとおり、1984年ヴェネツィア、サン・ロレンツォ教会でのPrometeo初演につづく翌85年のミラノでの再演にあたって、ミラノの演奏会場(Ansaldoという重機製造会…

断ち切られない歌 中篇の下 10/16

「ブルーノ・ノーノの海」縁起 あれはもともと、壁に書かれた落書きであった。1987年3月、Enzo Restagnoを聞き役にとり行われた長いインタビューの中でノーノが約2年前にトレドの修道院の壁に見たその言葉、Caminantes no hay caminos hay que caminarの意…

断ち切られない歌 中篇の下 11/16

「ブルーノ=ノーノの海」縁起、つづき 第四層 Caminantes no hay caminos hay que caminar 長女のSilviaさんとともに行ったスペイン旅行の途次に立ち寄ったトレドの修道院 Monasterio de San Juan de los Reyes の壁にノーノが例の言葉、Caminantes no hay …

断ち切られない歌 中篇の下 12/16

陸から海へ:scomposizioneによる島ルート、つづき ■ 群島の眺め: Fragmente - Stille, An Diotima (1980) - スコア第1頁 Fragmenteの譜面はいわば二ヶ国語で書かれている。音に固体のような確たる形を与える効果をもつ陸の言語と、音に液体のような絶えざ…

断ち切られない歌 中篇の下 13/16

陸から海へ:subversionによる穴ルート この世には2種類の断片が存在する。島と穴だ。たとえば、トウシマコケギンポが低潮線直下の水の流れが乱流をなしているような荒磯に、イワアナコケギンポが同じく水の流れが層流をなしているやや波の穏やかな磯に住み…

断ち切られない歌 中篇の下 14/16

無限性検査 ノーノの作品世界において30が青色だというのは、単純な比較から導き出される結論である。 ■たくさんの小さな穴をとおして、ひとつの同じ海を見つめている。 青い海 そのひとつの海の上に、浮島のように、船のように点在する、二十いくつかの小片…

断ち切られない歌 中篇の下 15/16

阿呆船 ムージルについてやや詳しく述べてきたのは、ノーノの世界観をムージルの世界観と比較するためである。 例によって、1987年春ベルリンの、Enzo Restagnoロング・インタビューのひとこま。「貴方が憎んでいるものはなんですか?貴方にとって抑圧とは、…

断ち切られない歌 中篇の下 16/16

遠い音 再びPrometeoのIsola Primaの譜面に目を向けてみよう。Isola Primaはノーノ的世界観の忠実な反映である。併存する二つの世界――この日常の陸と、あの別の海。阿呆船は下層に延々とつづく弦楽三重奏の大海原を渉っていく。その上に聳え立つオーケストラ…