アンキアライン

ルイジ・ノーノの音楽(主として後期作品)について

ブルーノーノ 第一部 1/8

N1 ノーノのinfiniti possibili

なにか限りのないものに向き合っているという首尾一貫した気分によって、後期ノーノの十余年が裏打ちされているらしいということは、この時期のノーノが残した文章や発言のなかに頻出するinfinito(無限の)という語彙が教えてくれるとおりである。なかでもとりわけinfiniti possibili、「無限の可能性」という言い方をノーノは標語のように口にし、建築家カルロ・スカルパに捧げられた1984年の管弦楽曲の表題にも用いている。おそらくこのinfiniti possibiliという言葉は、ムージルの「可能性感覚」とジョルダーノ・ブルーノの「無限」を組み合わせたものである。

......per considerare altre possibilità altre probabilità (Musil), rispetto a quelle abitualmente scelte e date, altri pensari musicali altri spazi infiniti, alla Giordano Bruno. *1

*

習慣的に選ばれたり与えられたものに対して、別の可能性、別の蓋然性をかんがえること(ムージル)、別の音楽的思想、ジョルダーノ・ブルーノのような別の無限の空間を、かんがえること。

ジョルダーノ・ブルーノ。この無限の殉教者は、ノーノの後半生にあって特別な位置を占める存在であった。80年代のノーノのある程度まとまった著述や談話であれば、たいていどこかにブルーノへの言及をみつけることができるというほどに、ノーノはある時期以降からさかんにブルーノのことを語るようになる。ドイツの新聞社が発行している週刊誌Frankfurter Allgemeine Zeitung-Magazinの1986年10月3日号に掲載された、「プルーストの質問表」への返答 *2 のなかでも、「あなたが一番好きな歴史上の人物は?」という問いに対して、ノーノはチェ・ゲバラ、パウロとともにブルーノの名を挙げている。いわゆるカミナンテス三部作の第一作にあたり、Prometeo後としてはもっとも大掛かりな編成をもつCaminantes...Ayacucho (1987) は、ブルーノの『原因・原理・一者について』巻頭の詩「ノラの人ジョルダーノから宇宙の君主たちへ」をテキストに据えた、ブルーノへ捧げるオマージュでもある。ブルーノへの傾倒ぶりをうかがわせるこれら一連の事実からみて、ノーノを無限なるものへの思いへと導いた案内役はブルーノであるとみてよいのではないだろうか。

 

だがそのような期待を抱いてノーノ自身によるブルーノ評をあれこれと読んでみた結果は、いまひとつ当を得ないものであった。サンプルをひとつ挙げてみることにしよう。いま現在、日本語で読むことのできるノーノの言葉には、まとまったものとして三種類があり、いずれも1987年11月28日にサントリーホールで行われたNo hay caminos, hay que caminar...Andrej Tarkowskijの世界初演に伴うノーノ唯一の来日時のものである。

  1. 1987年12月01日 東京大学での講演記録 *3
  2. 1987年11月27日 武満徹との対談 *4
  3. 1987年11月か12月の某日 高橋悠治との対談 *5

ブルーノへの言及はやはりこの三つの発言のすべてに含まれているが、なかでももっとも詳しいノーノの意見を聞くことができるのは武満徹との対談である。

NONO かつてドミニク派の修道士のジョルダーノ・ブルーノは、この宇宙には同時に無限の世界が存在しているんだ、ということを言いました。そしてそのことは、カリフォルニアパサデナ天文台が、我々の太陽系以外の多くの太陽系を発見したことによって裏づけられたわけです。我々の宇宙以外にも多くの宇宙があるということ、そして別の宇宙では全く別の生活があり、別の感じ方があるだろうということ。そして大きな目から見れば、そうした様々な世界は、そのままで、それぞれが違うがままに一緒に存在し、ある全体をなしているということ。そんな風に考えれば、自分だけの狭い考えにあくまでも固執することが、どんなに馬鹿げているかはすぐに分かるはずなんです。中心というのは、決してひとつではないんですよ。太陽が無数になるように、この世界には実にたくさんの中心が存在するんです。

(………)

武満 今回のサントリーホールからの委嘱で、ノーノさんは音源をホールの七か所に分散する作品をお書きになったわけですが、その背景には、今のようなお考えがあったわけですね。

NONO その通りです。先ほどから申し上げているように、僕は「ただひとつの中心」という考え方――オーケストラの場合には「舞台に固定されたたったひとつの音源」ということになりますが、そういう考え方にそもそも賛成できないんです。これは言ってみれば「天動説」のようなもので、言いかえるなら、「自己中心主義」とか「ファシズム」とか「ドグマによる支配」と言ってもいいものだと思うのです。不幸にしてヨーロッパでは、こういう考え方が長いこと歴史を支配し続けてきたわけですが、我々音楽家は、作品によって、それにアンチを唱えることができると思うんです。 (………) そこで僕がモデルにしているのが、先ほども言ったようなジョルダーノ・ブルーノのような考え方で、多くの中心が、互いに重なり合い、影響し合うようなことで全体をなしているような、そんな世界なんです。 *6

一読してわかるとおり、ノーノの視線はブルーノの無限宇宙論の一角を占める、単一の固定的な中心の否定とそれに換わる世界(中心)の複数性の主張にもっぱら注がれている。私が読んだ範囲内では、ノーノがブルーノの名のもとに語っているのは多くの場合、こうした多中心的な諸世界の並存のヴィジョンである。唯一にして無限の宇宙には、「特定の限定された諸中心」 *7 としての多くの太陽が散在しており、おのおのの太陽の廻りを地球と同じような星たちが回転している。そのようにして、宇宙空間には太陽系と同等の諸世界が無数に存在している――このブルーノの説は、今でこそごく当たり前のことのように受け入れられているけれども、ブルーノの生きた時代にあっては、天動説に支えられたカトリックの教会権威をおびやかす反体制的な思想であり、じじつそれは、ブルーノが異端審問所の取り締まり対象に数え上げられることになった大きな理由の一つであった。司直の手を逃れてヨーロッパ各地を15年にわたり転々と漂泊したのち、遂にヴェネツィアの地で身柄を拘束されたブルーノは、その後8年間に及ぶ拘留生活のなかで幾度となく悔悛の機会を与えられても最後まで自説の撤回を拒み、信念のもとに火刑台上の死を受け入れる。この政治的なドラマが、Epitaffio per Federico García LorcaやIl canto sospeso、Como una ola de fuerza y luzの作曲者の心を深くとらえたであろうことは、Caminantes...Ayacucho初演直後の次のような発言からもうかがわれるとおりである。「私にとって、異端者のテキストを用いるというダラピッコラの考えはたいへんに重要なものでした。反逆者、異端者……私の最も新しい作品が、ジョルダーノ・ブルーノのテキストにもとづいて書かれているのは偶然ではありません」。 *8

 

一方でそうした歴史的文脈を離れてみると、ノーノがブルーノのものとして説いている、複数の主体がそれぞれの個性を保ちつつ結びついてある調和をなすという考え方は、カッチャーリ的な群島の概念に酷似している、というか、実質的にそれと同じものにみえる。ノーノの目に映じるブルーノは、多中心的=群島的世界観の早すぎた先駆者としての位置づけにおさまり、結局はカッチャーリの思想圏に吸収されてしまうものなのだろうか。

 

やや奇妙なことではあるが、ブルーノの名が直接口にされている箇所にこそノーノのブルーノ観がもっともよく示されているはずだという、至極真っ当に見える考えが、どうやらこのケースに関してはあまり有効ではないようである。たとえば、1983年に開かれたあるコンサートの折にノーノが行った、『L'errore come necessità 必要なものとしての錯誤』という素敵な表題をもつスピーチのなかの、次のようなくだりはどうだろうか。

Schönberg, quando ha fondato la sua società dei concerti, imponeva sempre moltissime prove. Per esempio, per la Kammersymphonie op.9, ha fatto una decina di prove. Ma non ha eseguito il concerto.Questo mi ha fatto multi riflettere.Il lavoro di ricerca è infinito, infatti. La finalità, la realizzazione, è un'altra mentalità. Forse l'idea di Schönberg non è una follia, ma contiene una grande verità. Spesso, nel lavoro di ricerca, o durante le prove, scoppiano dei conflitti. Ma questi sono momenti molto emozionanti. Dopo, c'è la ritualità del concerto. *9

*

シェーンベルクは、彼の私的演奏協会を設立したとき、常に何回もの練習を要求しました。たとえば『室内交響曲 作品9』のために、彼は10回もの練習を行った。ですがコンサートは開かれませんでした。このことを私は何度も考えさせられます。探究の活動は、ほんとうに無限なものです。目的だとか達成だとかいったことはまた別の精神です。たぶんシェーンベルクの考えは狂っているのではなく、偉大な真実を含んでいるのです。しばしば、探究の活動においては、あるいは練習の最中には、もろもろの葛藤が噴出します。ですがこれらはじつにエモーショナルな/人を夢中にさせるような瞬間です。そのあとに、コンサートという儀礼がくる。

上の引用のなかにinfinitoという言葉はあっても、ブルーノの名前は出てこない、だがここで示されているのは、ブルーノの著作『英雄的狂気』の一節だといってもそのまま通用するぐらいの、きわめてブルーノ的な無限性の認識である。ノーノのなかのブルーノ的なものは、ノーノ本人がブルーノの名のもとに語っている多中心性とはまた別の、大きく分けて二つの点にあらわれていると私はみている。この二点に関していえば、ブルーノは決してカッチャーリの先駆者などではなく、それどころか、カッチャーリとは対照的な思想を体現する存在である。私見では、ブルーノこそは、カッチャーリをとおして眺めているとあまりうまくピントの合わないノーノのいくつかの側面を鮮明に映し出してくれる、すぐれた交換レンズなのである。ただそれについて具体的に述べるためには、まず何はともあれ、ブルーノの無限の哲学をもっと詳しく知る必要があるだろう。

*1:Luigi Nono (1984). Verso Prometeo. Frammenti di diari.

*2:Luigi Nono (1986). Questionario <<Proust>>

*3:「現代音楽の詩と思想」、村松真理子訳、『現代音楽のポリティックス』、水声社

*4:武満徹対談集『歌の翼、言葉の杖(TBSブリタニカ)』に収録

*5:高橋悠治対談選(ちくま学芸文庫)』に収録

*6:武満徹対談集『歌の翼、言葉の杖(TBSブリタニカ)』に収録

*7:ジョルダーノ・ブルーノ『無限、宇宙および諸世界について(岩波文庫)』、清水純一訳、160頁

*8:Luigi Nono and Philippe Albèra (1987). Conversazione con Luigi Nono. [pdf]

*9:Luigi Nono (1983). L'errore come necessità.