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アンキアライン

ルイジ・ノーノの音楽(主として後期作品)について

ブルーノーノ 第一部 3/8

Caminantes

N2 ノーノのsuono mobile

しばしば「島」に喩えられる後期ノーノの音は、島と呼ぶにしてはやや奇妙なある独特の性質を具えている。

 

そのsuono mobileという表現を、ノーノは1983年に初演されたGuai ai gelidi mostriに関する断片的なメモ *1 のなかではじめて用い、Prometeo制作の過程で書き留められた、Verso Prometeo. Frammenti di diari (1984) というよりまとまった覚書のなかでは、核となる概念としていっそうの詳しい説明を試みている。

 

Suono mobile――mobileの辞書的意味にしたがえば、動く音 可動性の音 流動的な音 不安定な音 移ろいやすい音 気まぐれな音

 

音が動く、とはどういうことだろう?まず思い浮かぶのは、ノーノのライヴ・エレクトロニクス作品でよく聞かれる、ハラフォンという音響操舵装置のはたらきで空間を遊動する音のことだが、Verso Prometeoでノーノが掲げた定義をみれば、suono mobileはそんな限定的な名称ではないことがわかる。

Altra conseguenza altra considerazione altro risultato: il suono mobile. Cioè non fisso statico sull'intonazione dettata e imposta secondo scale scelte con esclusioni di altre: pensieri organizzazioni mentalità che escludevano o negavano altri pensieri altre organizzazioni altre mentalità. *2

*

Other consequence / other consideration / other result: the mobile sound. That is not fixed / static on the intonation dictated and imposed under selected scale with exclusion of others: thoughts / organizations / mind that excluded or denied other thoughts / other organizations / other mind.

ここから読み取れるのはsuono mobileが、この時期のノーノがしばしば口にするムージルの「可能性感覚」に関わる用語だということである。可能性感覚、すなわち、「現にあるものと同様にありえたであろう一切を考える能力、存在するものを存在しないものよりも重視しない能力」。 *3 こうではなく別様でありえたかもしれないさまざまな可能性のなかから、どれか一つを選び、単一の静的な現実へと固定化してしまうこと、それに抗するための方法全般にノーノが与えた総称が、mobileなのである。

 

suono mobileを得るためのさまざまな可能性があるとして、ノーノはVerso Prometeoのなかでいくつもの具体的事例を列挙している。 *4

 

声における、楽器におけるsuono mobile:

息を吐く・吸うさまざまな技法によるアーティキュレーションの調節、微分音程の修飾/声の強弱、そして「質」のレンジをひろくとること(ppppppppp のような極端な強弱の指示だけでなく、声の質に関してもa mezza vocevoce offuscata、un filo di voceといった細かな記述を試みたヴェルディを先駆者として例示している)

 

新しい技法

精確な重音/唇をつかって得られるさまざまな倍音構造/クラリネットのリードに加えられる圧力のかげん/これまで試されたことのないチューバの極端な音域とpppppp の極端な弱音とのあいだに産まれる新たな関係/弓のさまざまな動かし方によって音色の変異をつくりだしていく弦の奏法(水平方向だけでなく上下方向にも動かす/弓の毛と木のどちら側を弦に接触させるか、あるいは弓を寝かせて毛と木を同時に接触させるか/駒と指板のあいだの弓の位置の移動)

 

演奏家・音響技術者とともに行う音の実験・探究:

 

テクノロジーにおけるsuono mobile: コンピュータにより合成されプログラミングされ制御されるsuono mobileただしテープに固定されたものではなく、演奏のたびごとにリアルタイムでつくりだされ、より大きな可変性をもつライヴ・エレクトロニクス

 

いずれも音の細部に関わる、とはいえ、じつに多岐にわたる、まとまりがないとすら目に映るこれらの種々雑多な試みを包含するのがsuono mobileだというのであるから、後期ノーノを特徴づけるあれこれの細部は、すべてが音をmobileにするという要請にしたがって召喚されているのだといっても決して言いすぎではないだろう。

 

suono mobileという概念は、後期ノーノの代名詞のように言われている群島というもうひとつの鍵概念と、それほど相性がよいわけではない。『特性のない男』のなかでムージルは「まだ陸となっていない現実」 *5 という言い方をしていた。「陸地を作らないこと」、それはsuono mobileのモットーであると言ってもよいのではないかと思う。流れを止めて音を定まった形にとじこめてしまわないように、あらゆる手を尽くして音の凝固=陸化を押しとどめようとすること。ブルーノのときと同じ疑問を抱かないわけにはいかない――このような作用のもとに置かれている音を、果たして島と呼ぶことがふさわしいのだろうか。mobileという特性をあくまで島の形象のうちに組み込もうとするなら、「水(のようなもの)と陸(のようなもの)とがあいまじる」 *6 あの揺れ動く辺=渚のことをどうしても考えないわけにはいかなくなる。私がノーノの音の島を、カッチャーリが言うように物理的実体を全く欠いたものとしてではなく、変化に富んだ渚のある島として想像するのは、それゆえにである。

 

それにしてもノーノはいったいなぜ、音がmobileでなければならないという信条を抱くにいたったのだろうか。1980年代の初頭にノーノを訪れた「無限の発見」とでもいうべき出来事が決定的な要因であったと私は考えている。

 

1980年12月以降足繁く通うようになったフライブルクのEXPERIMENTALSTUDIOでノーノが経験したことは、a glimpse into infinityであったと、Detlef Heusingerは鋭く指摘している。 *7 Heusingerが言っているのは、音響の微視的形態を可視化するソノスコープという装置をつかってノーノがフライブルクで見いだした、「単一音(a single pitch)」の細部に宿る、ノーノの表現によれば「ベートーヴェン交響曲のように多種多様な」個性のことである。ちょうどジョン・ケージハーバード大学の無響室で沈黙が微かなざわめきに充ちていることを発見したように、ノーノはどうやらこのフライブルク体験をとおして、音というものが、「どこまで細分化してもなお気の遠くなるような細部を含むもの」 *8 であることを如実に実感したようだ。遥かな大空のようなみるからに壮大なものではなく、すぐそばにある、何の変哲もないいっけん単純な音の極微の細部に、ノーノはあるとき無限なるものの翳を感じとったのである。無限はどこか遠くに探し求めるものではないとはジョルダーノ・ブルーノのたいせつな教えである。わたしたちは誰もが居ながらにして無限の大海アンピトリテの舟路をゆく航海者であるということ――この終わりなき遠洋航海の気分を、おそらくノーノはその生の最後の十年ほどのあいだ、ブルーノと共有していたのだろうと思われる。あらゆる音はアンピトリテの潮の香を、その無限の「可能性の波」 *9 のざわめきを湛えている。suono mobileとは、万物を包み込むこの涯なき海原の波に乗るためにノーノが編み出した、いわば一種の「航海術」なのだ。

ああ、小さく静かな船に乗って、ひっそりと、陸から陸、島から島へと、いつまでも航海ができるなら、なんとうれしいだろう。この美しい世界のひろがりを、いつも放浪することができるなら。時には鈍色の陸に船をつけ、かたい地面の抵抗を身に感じて、不動の大地に旅の律動を静めるのも楽しいだろう。だが、人生の中心は、旅のなかに、空間の震えのなかに、あってほしい。ああ、旅の疾駆の、終わりのない空間の震えよ!空間、かすかに震える空間に、孤独な胸が喜びに疼く。もはや陸地の足かせもなく、足に丸太をつけられ地面にしばられたロバではない。疲れた大地は、いまでは何も答えない。さあ出発しよう。 *10

*1:http://brahms.ircam.fr/works/work/10797/#program=フランス語/http://www.luiginono.it/it/luigi-nono/opere/guai-ai-gelidi-mostri→scritti di nono=イタリア語

*2:Luigi Nono (1984). Verso Prometeo. Frammenti di diari.

*3:ムージル『特性のない男 1(新潮社版)』より「もし現実感覚があるとすれば、可能性感覚もあるにちがいない」

*4:Luigi Nono (1984). Verso Prometeo. Frammenti di diari.

*5:ムージル『特性のない男 4(新潮社版)』より「一切の持ちものを火中に投ぜよ、靴に至るまで」

*6:岩成達也「渚について あるいは水際の教説」、『フレベヴリイのいる街(思潮社)』所収

*7:NEOS 11119のライナーノーツより

*8:岩成達也『私の詩論大全』、思潮社、24頁

*9:ムージル『特性のない男 1(新潮社版)』より「大地もまた、しかし、とくにウルリヒが、試行主義のユートピアを讃美する」

*10:D・H・ロレンス『海とサルデーニャ』、武藤浩史訳、晶文社、81頁