アンキアライン

ルイジ・ノーノの音楽(主として後期作品)について

2013-01-01から1年間の記事一覧

第一の脊索 1/1

■ 『脊索』は、「後期の初期」に属する三作品をテーマとするが、その周りに別の肉もくっついた結果、5つのパートに肥大化を遂げた。 1 第一の脊索 I turcs tal Friúlは、Fondazione Archivio Luigi Nonoの作品リストでは... sofferte onde serene ...とCon…

第二の脊索 1/3

ノーノはピアノをめったに使わない。最初期の Variazioni canoniche sulla serie dell'op. 41 di Arnold Schoenberg (1950) Polifonica - Monodia - Ritmica (1951) Composizione per orchestra [n. 1] (1951) では、ところどころでピアノの音が控えめに鳴っ…

第二の脊索 2/3

水の音 ノーノのインタビューのつづきを読んでみよう。 不思議なことに、ポリーニの音をこうして操作していくなかで、古いヴェネツィアの記憶が不意に思い浮かびました。サン・マルコ寺院の楽派の昔ながらの音の共鳴、そして、光と街の色彩のなかで理想的な…

第二の脊索 3/3

ジュデッカ運河 ザッテレで生を享け、ジュデッカ島を生活の場とし、再びザッテレで生涯を閉じたノーノにとって、ザッテレとジュデッカ島とのあいだに横たわるジュデッカ運河こそは、まさしく「故郷の海」と呼ぶにふさわしい場所であった。ジュデッカ運河を抜…

ジュデッカ運河 1/2

まず基本的な事柄から。Omaggio a György Kurtágは、1979年にOmaggio a Luigi Nonoというアカペラ合唱曲を書いた作曲家György Kurtágへの返歌として、1983年6月10日にフィレンツェで初演された、アルト独唱、フルート、クラリネット、チューバのための音楽で…

ジュデッカ運河 2/2

ジュデッカ運河の空隙を充たすライヴ・エレクトロニクスの音響は、一般的に次のような機序をとおして発現される。 記銘 まず第一に注目すべき点として、この作品では四人の奏者の演奏音が5つのマイクロフォンで捕捉されるが(フルートのみは歌口と管の末端…

Un unico suono 1/5

Con un suono, si può lavorare forse un’ora. ―― 「ひとつの音でおそらく一時間は作業ができます」 *1 Luigi NonoとMary Jane West-Eberhardの収斂進化 Omaggio a György Kurtágのハラフォンは、一つの音を、3種類の異なる空間的運動へと分化させる。... s…

Un unico suono 2/5

この項はノーノではなく丸ごと進化生物学の話である West-Eberhardがよく言っているように、表現型可塑性は、進化生物学の舞台でかなり長いこと陽の当たらない場所に逐いやられていた不遇の演者であった。 作曲家にすら影響を与えるくらいであるから、DNA二…

Un unico suono 3/5

ノーノ風ゲノミクス Archivio Luigi Nonoが保管しているノーノのスケッチや創作メモをもとに、ノーノの作曲のプロセスを復元しようという試みがこれまでにいくつも行われている。それらを見ていて感じるのは、音やリズムの配列をつくり、それをいろいろに並…

Un unico suono 4/5

2° No hay caminos, hay que caminar.....Andrej Tarkowskij 1987年11月28日に東京はサントリーホールにて初演されたNo hay caminos, hay que caminar.....Andrej Tarkowskijは、御存知のとおり全篇がG音というun unico suonoでつくられた音楽である(un un…

Un unico suono 5/5

音の質 後期のノーノは、音の「質」ということをさかんに口にするようになる。「Qualità, non quantità――量ではなく質」。 *1 「量よりも質」などという台詞は、世界じゅうで合算すれば一日あたり千人以上の人が言っていそうなくらいの陳腐な紋切型に聞こえ…

第三の脊索 1/3

ノーノは音楽を志した最初期の頃から、シェーンベルクやヴェーベルンと並んでダラピッコラのスコアに学び、また、1946年か47年にダラピッコラがマリピエロとともにヴェネツィアのサン・マルコ寺院へと立ち寄った折にあいさつに出向いて以来、長きに亘る親交…

第三の脊索 2/3

破壊的作曲法 作品全体がfa-mi-do#の三音で構成されているとはいっても、Con Luigi Dallapiccolaは打楽器アンサンブルのための音楽なので、使用されている楽器のうち、五線譜上に書き表せるような定まった音高をもつものは限られている。ピッチの正確さとい…

第三の脊索 3/3

水浸しの闇 さてここでちょっとスズメのことを思い浮かべてみましょう。スズメという鳥は、少なくとも東アジアに住んでいる人であれば、おそらく誰の記憶のなかにも住みついている鳥である。 「スズメって鳥を知ってますか?」 「当たり前だよ」 「そうです…

ドナウ・ノートの後篇の後篇、および峠の茶屋

Post-prae-ludium per Donauについてのノートは、各論のあいだに後期ノーノ全般についての総論が2回挟まる構成になっている。 ドナウのための後-前-奏曲のためのノート 各論1 00m00s-07m00s 総論1 07m00s-07m53s 各論2 07m53s-11m12s 総論2 11m12s 各…

ブルーノーノ 第一部 1/8

N1 ノーノのinfiniti possibili なにか限りのないものに向き合っているという首尾一貫した気分によって、後期ノーノの十余年が裏打ちされているらしいということは、この時期のノーノが残した文章や発言のなかに頻出するinfinito(無限の)という語彙が教え…

ブルーノーノ 第一部 2/8

B1 ブルーノのアンピトリテ 世界の複数性に関して、ブルーノがカッチャーリの群島といっけんよく似た絵を宇宙空間に描いているとしても、ひとたびブルーノの思想内容を吟味してみれば、それは鳥の翼と昆虫の翅が似ているがごときものであることがわかる。カ…

ブルーノーノ 第一部 3/8

N2 ノーノのsuono mobile しばしば「島」に喩えられる後期ノーノの音は、島と呼ぶにしてはやや奇妙なある独特の性質を具えている。 そのsuono mobileという表現を、ノーノは1983年に初演されたGuai ai gelidi mostriに関する断片的なメモ *1 のなかではじめ…

ブルーノーノ 第一部 4/8

N2 ノーノのsuono mobile(承前) 五線譜上ではただ一つの音符で単純明快に、univocalに書き表される「単一音」が、じつのところ無尽蔵の多様性を孕んでいるという発見は、音を「書く」ことについてのノーノの意識を根底から揺るがす事件であったはずである…

ブルーノーノ 第一部 5/8

C1 カッチャーリの結晶化する世界 サルヴァトーレ・シャリーノがLa lontananzaのKAIROS盤CDのライナーノーツのなかで披露している痛快な逸話は、ノーノがいかに「固定」と名のつくあらゆるものを、たんなる作曲の方法論に留まらずほとんど生理的レベルで忌避…

ブルーノーノ 第一部 6/8

B2 ブルーノの流動化する世界 多様な差異と見られるものは、ただ一つの無限な実体の多様で異なった相貌であるにすぎないという思想に支えられたブルーノの多様性のモデルは、海のような無限の広がりのなかに、島のような固定的なものの存在を認めない「外洋…

ブルーノーノ 第一部 7/8

N3 ノーノのaltro ノーノのsuono mobileに息づいているブルーノ的精神を確かめるためには、suono mobileの最終形態から話をはじめるのが一番分かりやすいだろう。 前にも言ったとおり、ノーノがsuono mobileという概念にはじめて言及したのは、1983年のGuai …

ブルーノーノ 第一部 8/8

N3 ノーノのaltro(承前) ところで、後期ノーノの音楽のなかでは、今まで述べてきたaltro...altro...とはまた別のリズムを聞き取ることもできる。いやむしろ、そちらのほうがずっと「メジャー」な、表看板にあたるリズムだと言ったほうがいいだろう。 後期…