アンキアライン

ルイジ・ノーノの音楽(主として後期作品)について

2014-01-01から1年間の記事一覧

断ち切られない歌 中篇の上 1/9

こだま、海の歌(承前) 塩分を含んだ水の巨大な量(マッス)が何億年もかけて作りあげた混沌と秩序、それを一瞬のうちに「海」と言い切ってあとに残された海と同じ大きさの空虚を私たちは水や魚や貝や海胆という言葉で少しずつ満たしてゆく以外に方法はない…

断ち切られない歌 中篇の上 2/9

怪物の棲む海への小旅行、のつづき D ライヴ・エレクトロニクス ここまでの内容は、Guai ai gelidi mostriの海に関するまだ7割ていどの説明でしかない。以上の三要素にさらにライヴ・エレクトロニクスが加わるのである。 なんでもかんでもアップロードされ…

断ち切られない歌 中篇の上 3/9

ジュデッカ運河モデル ノーノが「魔術」だと評した、水の上の音の変容劇。その中心的な演出家は海面による音の反射である。 海面で起こる反射とは要するに、陸から流れてきた音を海が拒絶することである。空中から水中へと透過する音の割合は、だいたい1/100…

断ち切られない歌 中篇の上 4/9

カッチャーリの海 ノーノとカッチャーリの美学の差異がもっとも顕著に表れるのはこの点に関してである。Prometeoをはじめとする後期5作品の共同制作者である二人の関係性は、Prometeoとその関連作品について論じる際の主たるテーマなので、筋道だった議論は…

断ち切られない歌 中篇の上 5/9

モデルケース 先にみた「ジュデッカ運河モデル」による音の海の形成過程をおさらいしてみよう。 音の島から音が流れ出し、 沈黙の海の海面ではね返されて拡散反射し、 音が沈黙の海のうえで混ざり合い融け合い、水のような性質を帯びた「別の音」になり、 沈…

断ち切られない歌 中篇の上 6/9

リフレクション そう、結局はこの場所に戻ってくるのだ。ジュデッカ運河――ノーノが抱いているあらゆる空間的イメージの源泉となる「母空間」である。 その空間は、 内部空間(spazio interno)と、それを取り巻く外部空間(spazio esterno)とからなる。 内…

断ち切られない歌 中篇の上 7/9

時間の海 反射という現象がもついくつかの側面をこれまでとりあげてきた。 やって来た音をはねかえす作用 やって来た音をまぜかえす作用 リフレクション=記憶の過程との親和性 だが結局これらすべては、反射の本質を射抜くたったひとつの単語によって要約す…

断ち切られない歌 中篇の上 8/9

母子の肖像 ところで、ノーノはいつも発言のなかでエコーとリバーブを使い分けているようだが、この両者はそれではどう異なるのかというと、エコーは日本語の反響、リバーブは残響に相当し、どちらも音の反射によって生じる現象で原理は同じであるが、前者は…

断ち切られない歌 中篇の上 9/9

流れ去るもの、固定されたもの、漂うもの sospesoやsospensioneの語を、ここまでに特に断りなく「浮かぶ」だとか「漂う」の意味で読んできた。「音が漂う」とはしかしどういうことだろうか?御存知のとおり、音は標準的な大気中を秒速約340m、時速にすれば1…

断ち切られない歌(ブルーノーノ 第二部) 前篇 1/8

まえおき:ノーノと二つの音の世界 + 連続性感覚 1 話のとっかかりとしてまず、コントラバス奏者のStefano Scodanibbioによるノーノの思い出話を読んでみよう。 ……そしてarco mobileという運弓の技術も産み出され、Gigi † はそれをPrometeoのスコアで不滅の…

断ち切られない歌 前篇 2/8

一度めの脱線:漂泊者と連続性 よい連続性とわるい連続性。それを海の連続性と陸の連続性と呼ぶこともできるだろう。 二枚の絵がある。左側は陸上の光景だ。道と、そうではない領域との截然たる区別。あらかじめ定められた遠くの目的地に向かって続いていく…

断ち切られない歌 前篇 3/8

4 これまで述べてきた二つの音の世界にほぼ対応する事例を、ノーノは音楽の歴史のなかにもみいだしている。それが シナゴーグの歌(より一般的にはユダヤの音楽) グレゴリオ聖歌(より一般的には西欧の音楽) の対である。80年代のノーノはこの話題にしょっ…

断ち切られない歌 前篇 4/8

二度めの脱線:感情と連続性 その1 ブルーノの感情論 相反する複数の感情の「同時的な」生起というノーノの立脚点は、ブルーノの「感情論」の大前提とじじつまったく同じものだ。『ジョルダーノ・ブルーノの哲学』の岡本源太曰く、「苦しみがなければ楽しみ…

断ち切られない歌 前篇 5/8

二度めの脱線:感情と連続性(承前) 1987年に出版されたノーノの談話、 Bellini: Un sicilien au carrefour des cultures méditerranéennes そのなかでノーノは、ベッリーニは歌を「自然な抑揚で流れるように」したのだという先の批評の意味するところをこ…

断ち切られない歌 前篇 6/8

Risonanze erranti. Liederzyklus a Massimo Cacciari 1985年9月のPrometeo決定版初演をもって、カッチャーリとのほぼ10年にわたる共同制作の関係――これは端的に言えば、カッチャーリがテキストを編纂し、それをノーノが音楽化するという関係である――に区切…

断ち切られない歌 前篇 7/8

うわべ 寡黙な音楽――それがRisonanze errantiの第一印象である。 Time and again the sharp strokes of the bongos, the gentle sounds of the crotales and the mysterious Sardinian bells seem to vanish into broad expanses and long pauses between fr…

断ち切られない歌 前篇 8/8

ノーノとユンガー Risonanze errantiの声にみられる母音と子音の取り扱いには、ユンガーの『母音頌』と共鳴する要素が少なからず認められる。ひょっとしたらノーノは『母音頌』を読んだことがあるのではないだろうか、とかねがね私は思っていた。Fondazione …